冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その10
税理士との契約
税理士が出してきた下書きは細かい規定が多かったが、どの条項も考えてみれば当たり前のことが掛かれていた。泰平と地見は変更を申し入れる点は無いと思った。
特に注目したのは下記の2点であった。
1,税理士には横領や着服などの摘発義務はない。これらの行為が起きない仕組み作りには関与するが仕組み作りは経営者責任であり税理士が肩代わりするものではない。
2,税務調査で非違が判明し増差税額が生じても税理士は本税はもとより加算税、延滞税ともに負担しない。会社が負担する。
地見が調べてみれば、いずれも最新の判例を踏まえている。
戦後の教育が原因で今後多発すると思われる上記の1に関しては早急に新しい税理士にも協力してもらい、手を打たなければ、これからもっと荒んでゆく時代に事業を継続することは困難になってゆくことは見通すことができる。秀夫の意見も取り入れて対策を立てることになった。
秀夫は高専の生産管理論で、材料の横流しに関しては基礎を学んでいる。ちょうど良いスタートが切れると泰平は考えた。
仮払金の整理
新しい税理士の提言通り、仮払金は整理された。センムの妻に対する貸付金とされた金額は弁護士を立てて回収の交渉を行った。
2ケ月後、弁護士から報告があり5万円だけ払うので残余は勘弁してほしいとの泰平宛ての手紙が弁護士の手でもたらされた。その手紙の字は以前の本人の筆跡とは似ても似つかない震える手で書かれた、かろうじて判読できるものであった。債権回収現場に慣れている弁護士の話では、センムの妻の体調は最悪で言語もたどたどしく、住まいも荒廃している。一人娘は何をしているか不明だが外泊が多いらしい。税理士は貸倒処理の根拠にすべく弁護士に報告書面作成を依頼することを強く泰平に勧めた。
仮払金を整理して仮決算した結果が税理士と地見から報告された。泰平家具製造販売の株価は5千円にまで下がった。
泰平は自分の相続を考えてみた
泰平は自分の相続が起こった場合を考えてみた。相続権はセンムの娘にゆく(代襲相続)。その娘が子供を産めば、その子が再代襲できる(民法887条3項)。センムの娘が居る限り泰平の妹の子である秀夫には代襲相続権はない。
別の方法として遺言書で秀夫に継承を指定しても、センムの娘が遺留分を主張する道が残るため、遺産の半分はセンムの娘に行く。肝心の「泰平家具製造」の株式も少ない預金も孫娘に継承される可能性が残るのである。
少し前に泰平は「毒母は連鎖する」というタイトルの本を書店で立ち読みした。センムの妻と娘が乗り込んでくる!これはアブナイ。かって相談した相談所の税理士も相続税では被相続人の妻と娘の組み合わせが一番厄介であると言っていた。新しい税理士に同じことを尋ねると「その通りです。そのような相続人の組み合わせの場合、相続税申告を受任しない税理士もいます。」
税理士はこの機会に全株を秀夫に贈与することを勧めた。前に相続時精算課税は、秀夫が直系の卑属ではないから使えないことを知っている。
全株を数年に亘って贈与することも、よくある節税法ではあるが、今後、秀夫が経営のリーダーシップを取って大車輪の働きをすれば利益が得られ、株価も復調するのが早いと見込まれるから、この際、刷新の意味もかねて全株移行を税理士は勧めるのであった。
全株式の次世代への贈与実行
「私の代表取締役社長の立場はどうなりますか?」泰平は取引先に動揺や良からぬ噂が広まることを心配して税理士に聞いてみた。
「お役目と持株は別のものです。代表取締役社長のお役目はこれまで通りで行くことができます。一方、株式所有はこの際、アッサリと全株を移行されることが事業承継の良い契機になります。」税理士は落ち着いた声でゆっくりと回答した。泰平はなるほどと得心した。