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木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために
—これからの経済・世相に備える—

これまでに掲載した「冬の時代を笑いで乗切るために —これからの経済・世相に備える—」の記事一覧です。
上のものほど新しい記事となっています。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その4

これまでのあらすじ

 えみちゃんは話すのに障害がありますが、世間の動きに敏感で経済にも知識と関心があります。両親は鉄工所を経営していますが消費税インボイス制度が始まって以来、納入先から転嫁をしないように圧力をかけられるだけでなく、値引きも要求され資金繰りは逼迫するようになり、気疲れからかお父さんも病気がちです。優しかったお母さんも感情的になり、えみちゃんの傍にいる犬のケンちゃんに辛く当たります。えみちゃんは先々に備え自分の資産について調べ、考えています。考え続けると、急に先のことが見える晩が来ます。そんな晩が来るのが待ち遠しいのです。

えみちゃんの算式

「なんやこんな犬、エエ加減にせんと保健所へ連れてゆくでぇ」
「アカン、イヌ殺したらあかん、それやったら私も死ぬ!」
「そやかて犬はカネかかるがな、狂犬病の注射やワクチン代が要るし、猫やったら何にも払いはない。最悪、三味線の皮に売れたらエサ代のモトとれる。イヌはカネかかるだけや。もう腹が立つヮこのイヌ!」
 と言いながらケンちゃんのしっぽを踏みつけようとするので、えみちゃんはケンのカラダに覆いかぶさって守ります。ケンは自分が何を言われているのか分かっています。が、時々しっぽを踏まれても、嚙みつきもしないでじっと耐えています。自分がいないとえみちゃんが作業所へゆくことができないからです。

 支払いの前になると母さんはこのようにケンちゃんに罵声を浴びせます。昔はそんなこと言う人ではなかったのに消費税がきつくなり鉄工所の経営がうまくゆかなくなって人が変わってしまいました。

 鉄工所は少し前から従業員が辞めていなくなり外注に頼っています。材料仕入れや外注費には消費税が上乗せされるのに請求するときには消費税を上乗せできないので粗利益は下がるばかりです。その上、仕入れの締め日から支払日は10日後でにやってきます。しかし売上金が入金されるのは2ケ月先なのです。

 「お父さん、こんな条件変えないと永久にお金不足よ、、」とえみちゃんはお父さんに言いました。お父さんは「オマエは黙っとれ!」と言って聞く耳もちません。

 えみちゃんは鉄工所の資産から負債を差し引いた月初めの残額を分母に置き、分子に月末の残額を置いてその割合が1.0を下回ると赤字で、上回ると黒字で記録します。

 同じようにえみちゃんが貯めてきて運用しているえみちゃんの投資金額月初の値段を分母にし月末にはその日の時価を集計してた投資金額を分子にして電卓を叩きます。えみちゃんには支払いはありませんから持っている投資金額がえみちゃんの「資本」です。こうして自分のささやかな資本の動きを黒い鉛筆と赤い鉛筆を使い分けて記録します。

 お父さんの鉄工所の数字を書くときはいつも赤い鉛筆ですが、えみちゃんの資本の記録はいつも黒い鉛筆です。

次回予告
「こんな晩」先ゆきの内容がえみちゃんに降りてきました。えみちゃんは会社形態をヤメて個人経営に切り換え、かかっている役に立たない税理士さんも解約することをお父さんに話します。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、その3

こんな晩・・資金不足が予見できる

「えみー さっさと寝んと、また根詰めて熱中して。ケンちゃん見てみ、熟睡してるがな。あんたも見習いなさい!」お母さんの声が聞こえてきます。

 えみちゃんはニュースをみて「なんで、どうして?」と感じたらトコトン考え抜きます。調べます。納得できるまで。体は不自由でも頭は良いのです。
  いまえみちゃんが気になるのはアメリカをはじめとする外国と日本の関係、日本の国と自分との関係、この国で生きてゆくのに自分が準備しなければならないことは何か、自分が国にできることはあるのか、です。
 日本の財政だけでなく、株価、為替は毎日のニュースの最後に報じられます。えみちゃんはそれをメモします。それで流れが分かります。わからない言葉はネットで調べることができます。図書館へ行くこともあります。係りの人が親切に一緒に本を探してくれます。なんでこうなるの、、、?の点にはこだわってエエ加減にしません。

 そうするうちに「資本」という言葉に気がつきました。えみちゃんも作業所の収入のほか器用な手仕事でも収入を取っています。その溜まりをみて資本というものが増殖する本性であること、自分の選択次第で大きく増殖したり、損失をこうむることも知っています。税金というものが資本の増殖に障害であることもわかってきました。

 自分の小さな経済のお城の領地が大きくなったり狭くなることに例えられるようになり調べるのにますます熱心になってきます。

 「早く寝ないとカラダ壊すよ。もう、、この子はしょうがない子オや、、」お母さんはこう言いながらえみちゃんをカラダごと寝間に連れて行こうとしますが、目を覚ましたケンちゃんがお母さんとえみちゃんの間に入ってそれをさせません。

 「どうしようもないイヌやこの犬は、、」と言いながらお母さんは諦めて向こうへ行きました。ケンちゃんはいつもえみちゃんの味方です。

 えみちゃんは分かっています。両親の経営している鉄工所の余命があまりないことを。二人の資金繰りの会話から財務状況が分かります。

 両親が居なくなった後、一人になった自分がこの国で生きてゆくにはお金と税金に関する智識だけが頼りであることを。智識が資産を生み、守り、それができてはじめて自分の「自由」が手に入ることも。智識がなく資産を失えば今後乏しくなる行政サービスのもとでは、3度のごはんにもこと欠き、人間としての立場も危うくなることを自覚しています。

 大学生が、持込可というヌルイ試験を経て、卒業証書という形式を得て良い会社へ就職するための手段とする大学とは真逆の、生きるための本当の智識がこうしてえみちゃんに備わってきました。その結果、TVなどのニュースに隠された部分や、コマーシャルの裏の実相も見えるようになってきました。

そうして、えみちゃんは簡単な計算式にたどり着きました。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その2

子供が感じるウソの正体

 テレビなどでニュースが流れてきます。えみちゃんもケンちゃんと一緒にニュースを見ます。その内容と街へ出たときに人々から感じるものが違い過ぎることに気がつくようになりました。

 総理大臣や日銀総裁が話す内容はそれらしい話ですが、街でえみちゃんが感じる空気とは違い過ぎるのです。

 人々は着ているものや持ち物は立派ですが表情が貧相になってきています。上辺はつくろっていますが懐はヨロシクナイのが感じられます。若い女性は能面のように無表情で自分のことで精一杯、猜疑心の塊のように見えます。

 目つきの悪い、横目をひっかけて他人のスキをうかがうような人も多くなってきました。

これまでにえみちゃんが記憶の部屋にしまっている中身は次のようなものです。

国は借金大国で財政破綻が懸念され、最近は国債の価格が下がり損失がでている。長期金利が上がる傾向のうえアメリカさんがキャッシュ不足でドルが売られ、その結果ドル安円高になってきている。

・国債の損失が表面化したら金融危機、金融機関は手のひらを返したように融資を拒む。借り換えを繰返す中小企業は行きずまる。破産と廃業が加速する。

非正規雇用者が全体の35%で、正規雇用の人と給与格差が開く一方。ILO(国債労働機関)も目を付け始めたらしい。

・これまで、どんどん建てられた住宅が空家になり、街はシャッター通り、えみちゃんが買い物をするご夫婦でやっておられたお店も廃業した。大きなスーパーだけが残っている。

 テレビではそんなことは報道しないばかりか外国からの観光客や万博のことばかり。おかしいなーとえみちゃんは思います。新聞も郵便物も広告だらけ。売るのに必死であることが分かります。それだけに余計えみちゃんはそのような広告に乗って物を買うのことを控えます。

 インフレで値段が上がりお金の値打ちが下がっているのが肌で分かる中、先々生きてゆくため預金をどう守るか考えます。借金がないだけになんとかやってゆけそうです。

 お父さんとお母さんがやっている工場は支払いが増えてゆく一方、消費税のインボイスが始まってから税金分を値引きせよとのウリ先の圧力で事業が困難になっています。

次回予告・・資金不足の正体

 消費税の影響がじわじわと経営に影を落とし始めました。おカネ繰りの話が夜遅くまでお父さんとお母さんがしています。資金不足になる原因が見えてきます。簡単な原因です。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その1

物語のあらまし

 人口減少のもと、これまでの供給過多のもとでの負の遺産が明らかになってきた。空家の激増、物価高と格差、年金・福祉の手詰まり、重い税負担、現役世代にのしかかる将来不安など、急激にこれまでの陽から反転して陰の面が出てきている。

 事業経営では、設備投資の遅れ、次世代の雇用の困難、いびつな従業員構成、過大な銀行借入金などがのしかかり次のシナリオが描きにくい実態である。

 このような時代に、少女の眼から見て感じたストーリーはこれまでと180度考え方が変わる世界への入口でもある。

えみちゃん

 えみちゃんは少し体が不自由なので支援学校を出てから近所の就労移行支援作業所(旧授産所)に通っています。お父さんもお母さんも経営する工場の仕事が忙しいので毎朝自分でお弁当を詰めて歩いて20分ほどの作業所に飼い犬のケンちゃんをボデーガードに連れて行きます。

 えみちゃんは自分で話すのは苦手ですが、人の話す言葉にはとても敏感で、晩に両親が話す仕事のことなどは殆ど覚えています。また人の表情やその表情の裏にあるその人の心の動きも手に取るように感じることができます。しかし自分で感じることを口に出したりしません。そっと心にしまい込んでおきたいのです。そうしていると仕舞い込んだ中身が心の中でどんどん活動を始めるのです。

 こうして一日が終わって日が陰るとそれまでにためておいた中身が動き始めるので晩が来るのが楽しみです。傍ではケンちゃんが気持ちよく寝息を立てています。そんな晩のなかでも時々えみちゃんがハッと気がつく晩があります。そんな晩がすぐ来るのがえみちゃんには数日前にわかります。同じ中身がやって来て話してくれるのです。

えみちゃんはそれを「こんな晩」と心の中で大切にしています。

次回予告

子どもが感じるウソの正体。

<短編物語>第3話 二次相続 その7<最終回>

前回までのあらすじ

 父の相続の数年後、母が死亡し、2次相続が開始された。温和な長女和子、激しい性格の次女勝子、バランスの取れた性格の長男一郎が相続人として参加する。二次相続においてのそれぞれの境遇が遺産分割に影を落とすが最終的にはミラノに住む勝子は遺産相続から降り、夫が失踪した和子も破産の瀬戸際にいながら自己の主張をとことん貫くことなく一郎と最終合意した。
 和子は預金を、一郎は亡母が居住していた紫野の自宅を相続した。

分割協議の直後には和子は、、

 遺産分割協議がととのって和子に預金口座の金額が移った直後から和子は電話攻勢だけでなく、アポもなく訪れる訪問者に悩まされることになった。

 夫の会社の債務を取締役として完済しなければならない返済資金のメドは母からの預金と、売却する自宅の金額を充てることで立ってはいるものの、日々の生活のためにはパートを続ける必要がある和子に、そのような事情を知らない銀行、信託や証券会社から預金をしてください、良いファンドがありますよ、NISAで安定した運用をしましょう、遺言信託は如何ですかなどなど連日の電話だけでなく勤めに出て帰ったら郵便箱にはパンフレット類がどっさり投げ込まれていた。

 たまたま玄関で遭遇した金融機関の従業員は作り笑顔で近づいてきて話し始めたが何も言わずに「相手にできないヮ、、」と自分で自分に言いきかせて和子はドアを閉めた。こんな時、妹の勝子がいたら大きな声で怒鳴り上げただろうと思った。過去に夫の会社が資金難に陥った時には話もろくろく聞かない冷たさであったのが手のひらを返した対応であった。

不動産を取得した一郎の税金

 母の自宅を相続によって取得した一郎は、自宅が母の居住用であったため租税特別措置法に定められた「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」の規定を使うことができたため相続税負担は少なくて済んだ。

 紫野北花ノ坊町の母の居宅は名古屋の一郎には不要であったので彼は売却したかったが、大手不動産会社に依頼することは嫌であった。というのはそれら大手は経験不足、知識不足の若手担当者に担当させるため、彼らとは世代が異なる。それ故、日本語が通じないことからスムースに進まないことを友人から聞いていてその通りであると思っていたからである。
 幸いこのたび世話になった税理士並びに司法書士が共に推す信用ある地元の不動産会業者を通じて売却できた。地元に精通しているばかりではなく専門知識も豊富で人柄も信用できる人物であった。彼が嫌いな「メッチャ、、」とかいう言葉も口から出なかったことも好感できた。

 そのうえ、母の死後3年以内の譲渡であったため譲渡益から3千万円が控除されたうえ相続税申告書提出期限以後3年以内の譲渡であったため一郎が負担した相続税額を売却物件の取得費(原価)に加算できたから税の経済的痛みは殆どなかった。

 TVなどの広告に影響されずマスメデイアの外にいる司法書士、税理士、不動産業者など専門家の意見を尊重したことが大手に振り回されず、良い結果に繋がったと思った。

<短編物語>第3話 二次相続 その6

姉と弟の遺産分割協議 

和子は冷静さを取り戻していた。そして思いをハッキリ口にした。

「一郎さん、あなたもご存知のように主人が残した銀行債務を完済するにはお母さんの預金がないと私は自宅を売っても残債が残るのよ。そうなると破産して債務から逃れるか、働いて返すしかないのよ。でもこの年になって体力が落ちてきてパートをいくつも掛け持ちするようなことはできないの、わかって。」

冷静なもの言いだが和子の眼には強い決心が見て取れた。

 一郎は和子がそのように要求してくることは予測できていた。彼は会社の地位と仕事も安定している。現金が必要なわけではない。母の残した紫野の住宅を相続するつもりであった。場合によっては和子が紫野の住宅も要求したら受け入れる気持ちもあった。が、その要求は無かった。

 もともと冷静な和子は、姉弟3人で幼いころお菓子などを分けるとき、長女らしくリードして姉弟間3人でバランスよく分配する性格であった。

 「いいよ。姉さん。そうしよう。」一郎はためらいもなく答えた。
「一郎さん、本当にそれでいいの?」和子は念を押したが一郎は答えを変える気はしなかった。

 結局、遺産分割協議書を一郎の知合いの司法書士に作成してもらい、署名捺印も終え、ミラノから必要書類を送ってきた勝子の証明書を添えて協議書は完成した。

 司法書士の知合いの税理士の援助で相続税申告書は税務署に提出された。取得財産がない勝子は連名で相続税申告書に名を連ねたが相続税額の負担はなかった。

次回予告:最終回

 預金は和子名義に、自宅は一郎が相続した。一郎は名古屋に自宅があるため、紫野の住居は売却した。被相続人である母 春枝の相続から3年以内の売却のため租税特別措置法の3000万円控除の特例が受けられるばかりでなくと、加えて相続税申告書提出期限以後3年以内の譲渡に該当するので、相続税額を売却物件の取得費に加算できる特例が使える結果になった。

<短編物語>第3話 二次相続 その5

前回までのあらすじ

 勝子は結局、母 春枝の相続財産を一切受取らないことを選択した。相続税の申告は姉弟と連名で行うが、取得財産が無いため納税もない。一方、長女の和子は深刻な状況に追い込まれていた。

和子の身の回り

 和子の夫が経営している会社が資金難に陥っていることは一郎にも伝わっていた。その後、銀行は追加融資の話を断ってきただけでなく、サービサーに貸金契約を譲渡した。現契約では和子も連帯保証人になっていた。

 こんな中、夫と連絡がつかなくなり失踪の可能性がでてきた。サービサーからは弁済に関し文書が立て続けに到来した。

 和子は夫が代表取締役である株式会社の取締役に就任していた。取締役は夫と和子の二人である。失踪となると定款の定めの「代表取締役に事故があるときには他の取締役が代表取締役の職務を代行する。」により矢面に引き出されることになった。

 母の相続手続きが終わっていないなか和子は新たな問題を抱えることになった。とりあえず所轄の警察書に行方不明者届(以前の捜索願)を提出した。夫の情報は警察庁のデータベースに登録された。事件性がなければ一般家出人の扱いになり警察当局の捜索活動は望めない。しばらく様子見しかない。

 資金繰り、行方不明の夫の問題で疲れ果てた和子は帰宅しても、ひとりで食事の準備をする気力もなく、力なくソファに倒れ込む毎日であった。

 そんな中でアタマの整理をしてみた。要は残債を弁済することで、それには自宅を処分することと母の預金を相続して弁済の不足分に充てることで解決の見込みが立った。インターネットの情報では銀行がサービサーに債権を譲渡する価額は二束三文であること。そのため相当の元金弁済で完了する場合もあることの記事などが役立った。

勝子からの国際郵便

 便りには一郎から窮状を聞いたので、と前置きの後、元気を出して乗り越えること、事業をしていたら困難は常の事であったが乗り越えられた自分の体験が記されていた。
それを読んで和子は、子供時代、いつも自分の後ろを「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼びながらついてきていた、あどけない妹の姿を思い出した。その妹に励まされることで心に灯がともる気がした。夫には感じたことがない肉親の暖かみが伝わってきた。

 手紙の最後には、もう自分は日本に戻る気はないこと。ミラノの空気が合うのでここに骨をうずめる決心をしたこと。勝子には湿り気の多い日本の気候風土と人々が合わないこと、外国から見た日本は、弱腰のボンボン政治家による貧弱な政治と質の悪い教育の国に見えること、そんな国に愛想が尽きたこと、などが書かれていた。

 そういえば何事もハッキリ言う勝子は女子高のころから浮いていたことを思い出した。陰湿で表面と内心の違いがキツイこの国は彼女に合わないことが理解できた。イタリアやフランスのようなラテン系の国が生きやすいのだろうと実感した。

次回予告

 遺産分割協議は和子と一郎の間でスムースに決まった。勝子からの手紙でハラが座ったのか和子も冷静さを取り戻した。

<短編物語>第3話 二次相続 その4

前回までのあらすじ

 一郎はミラノの勝子とメールのやり取りをして海外に居住する相続人が用意しなければならない証明書などにつき連絡した。勝子の性格から直ぐに返事がくるはずが2ケ月経っても何の音沙汰もなかった。申告までに遺産分割をしなければならない。その期限は母の死亡日から10月しかない。

勝子からの連絡

 申告期限が気になり始めた一郎のもとへ勝子から待ちに待ったメールが来た。
ミラノの店が順調で忙しいことと、母の相続税申告準備のため必要書類をととのえるため領事館に足を運んだこと、そうしている間に、今後の人生をいろいろ考えたことなどが書かれていた。

 勝子の結論は相続を放棄したい、とのことであった。その理由は、商売が順調であるため、初めは母の預金を相続分だけ戴きたいと思っていたが、書類を準備するなかで、そんな後ろ向きのことにエネルギーを使うより事業の展開に拍車をかけたいのが正直な自分の気持ちであると気づいたと書かれていた。自分の商売で大きく稼ぐ見通しが立ったようである。

 彼女なりに色々調べたらしい。もし子供がいれば相続放棄をすることによって子供の代襲相続権も失われるデメリットもあるが、自分には子供はいないからその点を考慮する必要はない。そこで結論を出したらしい。

 一郎は相続放棄の手続きを家庭裁判所で行うには相続から3ケ月以内との定めがあること、その期限は既に経過していること、それゆえ単純承認したことになること、今後、遺産分割協議書に署名などは必要であることを知らせた。念のため母には借金はなく資産のみなので、勝子には借金の影響がないことも付け加えた。

 勝子からは了解した旨と期日までに領事館で署名証明書や在留証明書などを用意すると言ってくれた。
 一段落したらミラノに遊びにおいでよ、とも付けくわえられていた。相続財産を一切継承しないため、相続税の申告は姉弟連名で行うが、相続税の納税はない。よって納税管理人は必要であるが一郎が就任できると回答したことも勝子の気を楽にしたのかもしれないと一郎は思った。

次回予告

  和子から早く母の預金を自分の口座へ振り込め、との催促が連続するようになった。遺産分割協議書が必要で、振込はそれからの手続きであると説明しても聞く耳を持たないで激高する。そうこうするうちに赤字会社を経営していた和子の夫が失踪する事態に、、

<短編物語>第3話 二次相続  その3

前回までのあらすじ

 税務署から母 春枝の相続について、相続税に関する文書が来たため兄弟はそのことについて連絡を取り合った。遺産は住居と預金だけである。2種類の財産を3人の姉弟が承継する。単純であるが遺産の分割となると簡単ではない。特に和子は夫の会社経営が難局にあり資金不足を補うため現金への要求が切実である。

遺産分割

 相続税申告までの10ケ月以内に遺産分割の話を完了しなければならないので一郎はミラノの勝子にメールで先日の和子との話し合いの内容を知らせるとともに、勝子の考えを聞いてみた。電話しようとも考えたが時差があるのでメールが良いと判断した。

 勝子のミラノの店はパリと違って小ぶりではあるが勝子の物おじしない性格が街の空気に合ったのか、最近は常連客も増加して経済的にも余裕があるとのことであった。

 勝子の言う要求は以下の2点だけであった。
相続分に見合う遺産を承継したい。紫野の母が住んでいた自宅は戴く気はない。相応の預金が希望である。
・自分は海外なので必要な手続きについて教えて欲しい。

 一郎は調べたり知人の司法書士に聞いたりして遺産分割協議書には日本なら印鑑証明書を付けるところイタリアでは印鑑を使わないで署名ですませるため日本領事館で「署名証明書」を取得すること、相続税の申告には「納税管理人」を選任しなければならないこと、不動産を継承するなら日本では住民票が必要である代わりに「在留証明書」を用意しなければならないことを伝えた。

 気の早い勝子の性格では、すぐ返事がくると思われるのに1ケ月も2ケ月も何の音沙汰もなかった。
 一郎は、自分がどの財産を承継するかの判断もできていないので、ことさら勝子に催促がましいことを言うことは差し控え、そのままにしておいた。勝子が異国で思案中と感じたからである。

 一方、和子からは矢継ぎ早に最速の電話がかかってくる。昔は和子は長女らしく落ち着いていて一郎と勝子がケンカを始めると「止めなさい」と、なだめるのが常であったが今は人が変わったように預金はいつ自分の口座に振り込まれるのか厳しい口調で一郎を難詰する。電話口の和子の険しい顔が目に浮かぶようである。

 思えば父の一次相続の時は昔の姉らしさがあった。父の相続の話で京都に来た和子と大宮綾小路西の小料理屋で話し合ったときは母を思いやる言葉が多かったが、その母も逝ったいま、経済的にひっ迫した事情が伝わってくる。

 勝子からの連絡待ちではあるが内心では彼は預金の多くを姉たちに継承するしか円満な分割はできないかな、と感じ始めていた。

次回予告

 ミラノの勝子から連絡があった。予想外の内容であった。和子からは夫の経営する会社がいよいよ行き詰まって、電話の口調も険しいもの言いから哀願調になってきた。

<短編物語>第3話 二次相続  その2

税務署からの「相続税についてのお知らせ」

 和子のもとにも「相続税についてのお知らせ」が来た。税務署からの封筒が来たことがなかっただけに、不安になった和子は一郎に電話した。

 「一郎さん、あなたのとこにも来ているの、税務署から、、」
「来ているよ。姉さん。」
「どうして税務署が知らせてくるのかしら。なぜわかるの?」

「お母さんの死亡届が市役所に出されて、それが法務省でまとめられて国税庁からお母さんの住所地の税務署に通知されるとインターネットで出ていたよ。」

「でも死んだら皆がみんな相続税がかかるのではないとお父さんの相続の時に言ってたじゃない。なぜウチが目を付けられているのが分からないの。」

「それは姉さん簡単なことだよ。お父さんのときに税務署へ相続税申告書を提出していたから紫野の自宅があることは税務署は把握している。市役所で固定資産税も納めているからキャッチしているよ。それと申告が必要かもしれませんとの連絡で、目を付けられているのとは違うよ。」
「そうなの。初めはびっくりしたわ」

「ところで姉さん、今は国税庁のホームページで相続税の申告要否検討表という便利なものがあるからここへ記入してゆけば判断できるよ。父の時に勉強したから税金がかかるかどうかは割合簡単にわかる。しかし空家になっている紫野の家と土地を誰が引き継ぐかの方が問題だよ。」

「あたしは預金があるからこれを戴きたいわ、、」

「姉さん、預金が欲しいのはみんな同じだよ。近いうちに会ってどうするか決める必要があるね。勝子姉さんにはメールで連絡すればよいね。」

「私はコンピュータが苦手なので一郎さん、勝子への連絡も相続税の計算もおねがいね。旦那の会社がうまくいってないので家庭内が険悪なの。早くお金欲しいわ、、、!」

次回予告

 ミラノの勝子と連絡が取れた。海外居住のため相続税申告には納税管理人の届出や署名証明書や在留証明書は必要になり新たな問題が生じる。

<短編物語>第3話 二次相続  その1

はじめに 

 夫の相続の2年後、春枝は亡くなった。相続される財産である紫野の自宅8000万円は一回目の相続の時と評価額は変わらない。預金が1億円に増えている。その理由は、叔父の会社の株式を春枝が相続したが、同社に自社株として買取ってもらった代金により預金が増加した結果である。借入金はもともとなかった上、先代が当該会社の銀行借入金の連帯保証人であったところ、社長である叔父の判断で、銀行借入金を繰上げ返済したため、主たる債務の消滅に伴って保証債務も消滅した。

相続人と相続財産

 遺言書は発見されなかった。この結果、自宅の土地・建物と現預金が相続財産であり、相続人である 長女:和子、次女:勝子、長男:一郎の3人によって遺産分割協議により承継されることになる。

相続人の現状

 和子の夫が経営する会社は相変わらず資金繰りに追われ、銀行に追加融資を要請しても担保の提供を求められている。空家になる京都・紫野の自宅に強い関心がある。資金不足の会社であるため、夫が毎月キチンと家庭に生計費を入れることができないため和子は隣町にあるスーパーのレジ打ちで働いている。近所のスーパーでは噂になることを避けるためでった。夫婦仲もよろしくなく時々生まれ育った京都に行きたいと思うこともあるが新幹線費用が惜しくて実行できていない。

 勝子は大阪の店を処分し、パリのパサージュに店を構えたが、勝ち気な性格のためフランス人の従業員と些細なことで言い合いになり、その従業員は退社したうえパワハラであるとフランス人弁護士に依頼した。フランス語が得意な勝子であったがフランス法の語彙が分からず自分で弁護士を立てる費用もなく、結果として相手方弁護士に押し切られた結果になり解決金を払うことになり資金が底をつきかけている。
 人員を補充するため伝手を頼って募集しようにも勝子の出す給与条件が低過ぎて結局スタッフの補充は出来ないまま過労がたたり、情緒不安定に陥った。間もなくパリの店も閉じてミラノの裏通りでごく小さなブッテイックを細々運営しているが、もともと資金不足で発足したため資金繰りに悩まされている。異国で銀行借入もままならず日々を何とか凌いでいる状態である。

 一郎は堅実な会社勤めで大きな変化はない。資金に不足気味の姉たちとの遺産分割協議のテーブルにつくことを考えると気分が重くなる。会社での立場も安定し、自宅も確保しているため、ゆとりがある。しかしながら子供たちに少しでも良い教育を付けさせたいと考えるため私学へ進学させる学費に遺産を充てたいと内心で思っている。

次回予告

 京都市北区紫野を所轄する上京税務署から「相続税についてのお知らせ」が送られてきた。話合の始まりである。

<短編物語>第2話 相続から争族へ その7<最終回>

前回までのあらすじ

 相続人の間での争いは母 春枝や長男 一郎の冷静な対応で時間とともに、とりあえずは終結した。また叔父の会社の株価対策や連帯保証人の問題も経営者として友好的な対応により、相続後の解消が見込まれることになった。そう遠い先ではない春枝の相続(2次相続)では、今回回避された問題が浮上してくることは間違いない。

このたびの相続での要点と解決のいとぐち

全般・相続税は過酷である
 相続人それぞれが、決して富裕層ではない平均的な市民であるところへ父の死で相続税が突然のようにかかることになったこと。母は主婦、長女も主婦であるが夫は事業資金に困っている。次女も事業資金は十分ではない。長男は勤め人であり、みんながごく普通の生活のところへ相続税がかかってくるのが現実である。相続税がかからない層は資産を所有しない層と言い切れる。
 こうなればどうなる、との危機感をもってあらかじめの知識的な備えが必要である。春枝と一郎が書籍によってある程度の情報を得ていたから混乱しなかったものの、「ある程度の情報」すら持たない人々が圧倒的に多い。感情的になってしまう。対応を誤ると継承した私有財産が減ってゆくことになる。働いても国家の手で無産階級になってゆきかねない。知識と智恵が自己を守る武器である。

まず全体の輪郭を知る
 相続税額を自分で計算することは困難ではない。その輪郭を知ることが非常に重要である。
 母が全部の遺産を相続すれば(申告は必要であるが)とりあえずの税金負担がない点が重要であった。

優遇規定に注意
 配偶者の相続税額軽減と小規模宅地の規定遺産分割と期限までの申告が必要である。この事例のような遺産の額どころではない莫大な遺産額の場合や、負債がある場合は申告期限10ケ月 以内に遺産分割が決まることは困難である。
 →遺言があれば遺産分割協議は不要であるが、遺言内容に不満が出たり遺留分の主張が生じる。生前から話合ができればなによりである。相続人同士がそれぞれ弁護士を立てて争う事態が近年増加している。弁護士先生に入っていただくことは争い(身内同士の戦争)を視野に入れることで、その先には裁判所というムツカシイ場所がある。裁判後の身内間に禍根を残しかねない。司法過程に行く前に行政段階の資格である司法書士や税理士の手を借りて戦わずして収まる(孫子の兵法)のが望ましいと考える。

やはり現金も魅力
 父が現預金を残してくれたからゆとりができ、話もまとまったが、現預金がなく不動産が多くを占める場合は、不動産の売却やそれに伴う譲渡所得税が生じ、もめ事のタネが増えるので注意が必要である。
 納税資金がない場合は相続税の延納や物納制度があるが、思うとおりに進まない場合が多い。銀行から納税資金を借入れるケースもあり、借入か延納かの選択の問題がある。どちらの道であっても利子の支払いを避けて通れない。
 
この事例でも司法書士を通じて必要な知識を提供してくれる税理士が存在することで戦争状態になることは避けられた。気軽に相談できる司法書士や税理士を身近に知ることは重要になってくると思われる。戦争は最後の手段である。

負債に注意
 資産の部だけでなく負債も生前から認識しておくこと。連帯保証などはなかなか表に出てこない。
 被相続人予定者にズバリ「連帯保証人になっていますか」と生前に聞くのが早道である。

6,中小企業の株式
 株主をやたら分散することは良くない。
この例では株主は父と叔父だけであったが相続人の立場からは中小企業の株式は、現預金ほどありがたくはないものである。申告に際しての株価評価も専門的な知識が必要である。
 経営者のみの保有が良い。

<短編物語>第2話 相続から争族に その6

前回までのあらすじ
 叔父の一喝で姉妹は自己主張をやめた。その結果、全財産を春枝が相続する流れになってきた。叔父の会社の株式や保証の問題も自社株買いや借入金の完済で解消する見通しになった。

相続人でない者からのクレーム
 和子の夫が「民法の定めで遺産の半分がお母さんに行くのは分かるが残り半分を3姉弟で割った遺産の六分の一は妻 和子にも取り分があるのではないか。このたびの相続で和子は何も相続できないのはおかしい」と言い出した。

 春枝が相続人全員が合意すれば民法より、その合意が優先すると電話で説明したが「そんなことはない。税理士に直接意見を言う」と強硬である。
税理士は
 ・遺産の継承に関してはお母さんの言われるとおりであること。
 ・相続人ではない貴殿は遺産分割に関し、意見を言う立場にないこと。
 ・税理士は、相続人ではない人からの質問には返答することはできないこと。
を伝えたことでクレームは収まった。

申告書作成に関し勝子のクレーム
 「お母さんが全部相続されると相続税はゼロだから申告もしなくてよいのよね。あたし日に日に治安が悪くなるこの国を早く引き払いたいの。島之内は昔は船場・島之内と言われていた上品な街だったのに、、いまは外国語のほうが多い。もうこんな腐臭のする国から出たいのよ。」

 「勝子姉さん、申告は必要ですよ。優遇措置の配偶者の相続税額軽減も、小規模宅地の特例も申告書を税務署へ提出することを条件として認められているの。だから期限までに必ず税務署へ相続税申告書を提出しなければならないのょ。」と一郎が説明した。

 「一郎、あんたいつからそんなに相続税のこと詳しくなったの?」
「俺も本読んで勉強したから。」
「どんな本や、、ホンマか。昔はアタシにどつかれて泣きべそかいとったくせに、一人前のこと言うやないか、どんな本や、ウソ言うたら怖いで、、」
「はい勝子姉さん『Oh!相続税申告書が自分で作れる』という本です。姉さんも読んでみたら、、」
「あほらし。アタシは勉強嫌いなんや。それよりアンタが申告書書いてくれるならタダですむということね。あたしは費用は負担しません。お金ももらえないのにあほらしいヮ」

「株の評価はなかなか難しいので税理士さんに費用払わないと解決できないよ。それに先々税務署が税務調査に来た場合にも専門家がいないと心細いよ。」と一郎。

税務調査の及ぶ範囲
 「なにィ税務署が来るやて、、、嫌やなァ。以前ウチの店にきたときつかみ合いのケンカになった。思い出したくもないわ。わたしにも税務署はくるの?」

 「勝子姉さん心配いりません。税務署の調査の対象は相続税の納税義務者である『相続により財産を取得した者』だから財産を取得しない勝子姉さんは納税義務者ではないから調査の対象ではないことを税理士さんに確認しておいた。」

 一郎はこのたびの相続税申告は自力で行い、相続税調査になった場合はその時に税理士を受任者として「代理権限証書」(いわゆる委任状)を税務署に提出する考えであった。

次回予告
 要点を整理して実際に良く立つ点を解説します。

<短編物語>第2話 相続から争族へ その5

前回までのあらすじ

 遺産分割をして配偶者の相続税額軽減規定や小規模宅地の特例を使って母 春枝が遺産を引継げば、このたびの相続税額は無いということが一郎から説明された。亡父が連帯保証人になっている叔父の会社の財務状況を調べることを一郎に託し、姉妹は急遽 春枝に会いに行くことになった。

母の方針 姉妹に立ちはだかる現実

 春枝は相続直後とは別人のように元気になっていた。
「私、時間に余裕ができたので相続のこと勉強したの。たまたまアマゾンで目にしたのだけれど『終活と税金』『アンチエイジング税務』の2冊を読んで自分のことなのだからしっかりと自分の方針を持たなきゃいけない、周りに振り回されては後悔すると思ったの。」

 「それでお母さん、どんな方針なの?」
「ちょうどお二人がお見えになったので良い機会ね。こういうことよ。
これからもこの家に住みたいので自宅と、これからの生活のことも考えて預金も、それに叔父さんの会社の株も私が相続しようと思うの。買った本によると、お父さんは遺言を残していないので遺産分割協議になるので、あなたがたと一郎の同意が必要だけれど、私が相続することで相続税がゼロなのでこれが一番良い選択と思うのよ。」

 「お母さんチョット待って。ココへ来る途中に妹と話したのだけれど、私は主人の会社の資金が不足しているし、勝子は治安が悪くなった日本からパリに移る資金が要るので、いくらかでも私たちにお金を回してくれないかしら、、この家や株式はともかく現金が欲しいのよ

 勝子が口を挟む。「あたしと姉さんは大学に行ってないのョ。短大と専門学校しか出てないのに一郎は4年制大学に行っている。この違いの分に応じたお金はこのさい戴きたいのよ。」

 「昔のこと言いたくないけれど勝子は勉強が嫌いで早くお商売したい、和子も4年も勉強するのはイヤと言って2年で終わる短大に進んだの覚えている?お父さん私もあなた方の希望通りにしたのョ。経済的な事情で4年制大学へ行きたいのを辛抱してもらったのではないよ。覚えている、このこと。だから勝子の言うことは受け容れられません。」

叔父の会社の財務内容につき一郎からの報告

税理士さんに同行してもらって叔父の会社の決算書類を見てきました。
銀行借入金は順調に返済が進み残額が700万円まで減少していた。
・会社には利益剰余金が資本金の30倍も留保されていたので父の持株は自社株買いができる。また、銀行借入金を一括返済できる資金も充分あるので完済も可能である。叔父さんが言うには、今後、銀行借入するかもしれないが、昔と違って金融庁からガイドラインが出て連帯保証人なしで借入も可能になった。だから今後、皆さんに連帯保証人をお願いすることはない。
自社株として買取る場合の価額は税理士さんを交え、今後なるべく早く春枝さんと詰める。

叔父さんから姉妹への伝言

<一郎君からあなた方の話の中身は聞いた。和子も勝子も自分のことばかりを言う。少しはお父さんに感謝の気持ちをもてないのか。世間には資産より負債の方が多くて親の借金を子供が返済する例もある。旦那の会社のカネが足らん?パリへ出店したい?上等や、しかしそれは親のカネをあてにするものではない。自分が身ィを粉にして働いてしたら良いだけのことや。少しは恥ずかしいと思いなさい

次回予告

 叔父の一喝で姉妹の自己主張は収まり、全遺産を春枝が継承することで話はまとまる兆しが見えてきたが、和子の夫が口を挟んできたうえ、相続税申告書の作成費用の負担を誰がするのかや、申告書提出後の税務調査は誰が受けるのかなど、もめる話はつきない。

<短編物語> 第2話 相続から争族へ その4

前回までのあらすじ

 勝ち気で奔放な次女の勝子が話に入ってきてから姉の和子も影響され、口をそろえて「お金が欲しい」との主張を繰返す。冷静な一郎は相続税額2千万円は遺産分割して優遇規定を適用する前であるから、優遇規定を適用した場合の税額の試算も税理士から取っているからその説明をしようとするが、姉妹は「ムツカシイ話はイヤ、とにかく現金が欲し欲しい」の一点張りである。

優遇規定と遺産分割

 「あんた、わかってるやろうな、アタシを怒らさんといてや、、!!怒らせたらどうなるか、昔みたいにエライ目に合わせるで。あんたのカラダにコワイこと沁み込んどるやろう、気イつけや!一郎」と勝子は脅してカネの無心をするような姿勢である。

「勝子姉さん、何が気に障ったのですか」
お父さんのお金が一千万円しか残っていないのに納めなあかん相続税が2千万や。ヤマよりでっかいししが出てるがな。その税理士アタマおかしいんちゃうの、腹立つヮ。こうなったら家売るか、会社の株を叔父さんに買取ってもらうしか方法はないね。アタシは手っ取り早く直ぐお金が手に入るかと思って今日来たのに、、、」

「分かりました姉さんがた、相続税がゼロになる場合もあると税理士さんのレポートにあります。ここを説明しますね」
ええーつ、それならあたしらはお金すぐもらえるということ?はよそのこと言ってもらいたかったわ」

「お金はもらえません。こういうことです。お母さんに遺産分割で全財産を相続してもらったら1億6千万円までなら相続税は無税です。遺産は説明しましたが1億8千万円あります。なので2千万円オーバーしています」

「オーバーしてたら税金とられるの?」
「和子ねえさん。オーバーしてても別の優遇規定があります。自宅330㎡までは2割しか課税されないのです。紫野の家はちょうど100坪ですから8千万円の自宅の評価は1600万円に下がるので遺産全体で余裕で1億6千万円を下回るから税金はないのです。」

「その話つって結局、お父さんの遺産を全部お母さんが相続しないとそうならないのね、、?」

「和子ねえさん、その通りです。」
「あほらし、結局お金はもらえないんだ。これじゃパリに店出すのもできないっていうこと?私、パリの次はミラノのドウオーモの横手のアーケードにも進出したいのに、、何もできないのね、、」

「そうです勝子姉さん」
「じゃあ聞かせて、どうして配偶者が優遇されるの」
「遺産の形成に協力したからです。法の趣旨らしいよ」

和子と勝子「、、、、、、」

連帯保証人

 ここで一郎は前に和子に話した、父が叔父の会社の連帯保証人になっていることを勝子に話した。勝子は事業をしているだけに理解は早い。
「叔父さんの会社が倒産したら私らが責任負うなら、私もういやや、相続放棄しようかな。」
 一郎が言う「お父さんは叔父さんの会社の株の20%も持っているので叔父さんの会社の決算書を閲覧できるらしい。なので経理を見せてもらおうと思う。」

 和子「一郎さん調べてみて叔父さんの会社の内容を。それと一度お母さんのお見舞いもしたいので私この足で紫野へ寄ってみるわ。お母さんが全財産を継承して相続税がないならそれでも良いと思う気がしてきたの。勝子はどうなの」
「姉さんと一緒に紫野へ行ってみる。どうするかはそれからよ、、」

次回予告
 母親の考えが明らかになる。特に叔父さんの会社の持株については母親から具体的な方策が話された。また連帯保証人の立場に関しても子供たちが不安に陥らない道が母親から提案されることになる。

<短編物語>第2話 相続から争族へ その3

登場人物

藤谷孝雄 最近亡くなったお父さん(被相続人)
藤谷春枝 孝雄の配偶者 体調良くない
中井和子 長女 東京に住む 夫の事業資金が不足気味
藤谷勝子 次女 大阪でブテイック経営 フランス語ができる
藤谷一郎 長男 会社員 名古屋に住む
吉田神楽岡の叔父さん 孝雄の弟 会社経営

前回までのあらすじ

 税理士から相続税のおおよそは2千万円であると伝えられた。先日、和子と一郎が相続について話し合った。遺産は自宅8000万円、現預金1000万円、会社の株9000万円であった。その上叔父の会社の借入金の連帯保証人に孝雄はなっていた。和子と一郎は納税資金が足りないとの認識があった。

遺産分割

あたしこんな国に税金払わないョ。アメリカにお金持って行かれて、中国に国内の土地ドンドン買われて、、治安は悪くなるし、私、近いうちに島之内の店処分してパリのパサージュに開店する段取りができたの。今日はその資金の足しにでもと思って来たのよ。一郎さんお金どれくらいあるの?

「現預金は1000万円です。」
「ええーつ、そんなに少ないの、それで相続税額が2000万円だって、どうして」

「紫野の自宅の評価が高くてその上、神楽岡の叔父さんの会社の株が同族会社なので評価が高いのよ。」
「あの叔父さん、ボーとしてるけれど見かけによらないね。利益出てるのね。私は外国の開店資金の足しにしようと思ってここへ来たけれど預金1000万円じゃ相続税払うこともできないね。」

「税金2000万円なのに預金1000万円ならどうするの?」と和子も言う。

「結局、自宅を売りに出すしかないだろう。」
待ってよ一郎さん。「それならお母さんの住むところがなくなるよ。」

体調不良の母を除き前回参加できなかった勝子も参加して話し合いが行われるが納税資金が足りない点とその前に叔父の会社の株価が高いことが理解できない。

「お父さんは叔父さんの会社の株を20%ほど持っているだけなのにこんな金額になるの」
「税理士さんの話では株主が親父と叔父さんの二人だけの同族会社の場合、持株が5%以上なら原則的評価といって高い評価になるらしい。

「それと税理士さんが言われるには税額2000万円というのは相続税の優遇特例を受けないでの話で優遇特例を受けるには遺産の分割ができることが要件らしいよ。
「あたしはパリに店だすので現金が欲しい。
「私も主人の会社の資金に加えるため現金が欲しいヮ。叔父さんの会社の株式なんて要らない。」

「姉さんがた。その前に相続税2000万円が概算で多い目なので優遇を適用したらどれぐらいまで下がるかの話も税理士さんに聞いている。その話をしようかまず。」

「ムツカシイ話は嫌よ~。とにかく私は現金がほしい。」

「あたしも勝子と同じよ。自宅を売ってお母さんの行くところないのは嫌だけれど、どうしても現金が足らないなら、心を鬼にしてでも家を売って現金を得たいわ。

「あたしも賛成。」

次回予告

 叔父の会社の連帯保証人になっていることを知った勝子は更に態度を硬化させる。いよいよ、それぞれの本音が出てくる。

<短編物語>第2話 相続から争族へ その2

前回までのあらすじ:父の藤谷孝雄が亡くなり長女の中井和子と長男の藤谷一郎は、先日、今後のことを話合った。相続人はこの二人に加え母と次女との4人である。和子は婚姻で東京に住み、メーカー勤務の一郎は仕事の関係で名古屋に居る。次女勝子は大阪でブッティックをしている。

相続税
司法書士の紹介の税理士から概算であるが相続税の納税額の報告が来た。相続税が2千万円かかると報告書にはあった。

「何でこんなに相続税が高いの、いったい誰が払うのこんな金額、、」
「われわれよ。4人が払うことになる」

「バカ言わないで。私んとこはお金ないのよ。旦那が繰上げ退職で、退職金を元手に事業始めたの。でもうまくゆかなくて銀行に相談したら担保を出してほしいと言われたばかりなのよ。それで紫野の実家を担保に出そうとお母さんにお願いしようと思もってた矢先なの。」

「遺産は自宅のほか何があるの、一郎さん知ってるなら教えて」
「税理士さんが税金の試算のためには財産リストが要ると言われたので母に協力してもらって作っってみた。」

「それで」
紫野の自宅と預金など、それに会社の株式だった。インバウンドとかで京都の地価が上がっていて自宅の評価が8000万円、預金類が1000万円、会社の株式が9000万円、借金はないので資産合計1億8000万円なのよ。」

「待って!会社の株っていったい何のこと。お父さんは会社の勤め人で経営者ではないからどうして株が遺産の中にあるのョ
「吉田神楽岡のおじさん知ってるだろ。あの人がやっている会社の株があることが分かったんだ」
「あの嫌な叔父さん?」

「会社を始めた時に出資してくれと言われて、、その後、会社は急成長して利益がずいぶん溜まっているので株価が高いらしい」
「その会社は上場しているの、それならお金に換えることができるけれど。どうなの一郎さん」

「上場していない。それどころか父はその会社の借金の連帯保証人になっている」
「それって叔父さんの会社が借金を返せないときには亡くなったお父さんが肩代わりするということ?」

「今のところ倒産するようなことはないと聞いたよ」
「ああ心臓がドキドキしてきたわ。相続税払うためにお母さんが住む紫野の家を売ったらお母さん住むところないじゃない!そうなればうちの旦那の担保にも付けられないし。そのうえ叔父さんの会社が行き詰まったら借金肩代わりしなければならないの?。私ら相続人に残るのは預金と売れもしない会社の株だけ、、あたし息苦しくなってきた。帰らせてもらうわ。今度は勝子にも入ってもらって話し合いましょ。ああ気分悪い悪い!」


次回予告
パリに店を出したい次女の勝子が話合に入って大荒れになる。想定された相続税額は遺産が未分割であるため税額は多くなっているので、遺産分割が決まれば半額近くに減少することを税理士から聞いた一郎の説明で具体的な遺産分割の話が中心になってゆく。しかし綱引きだけで出口は見えない。

<短編物語>第2話 相続から争族に その1

姉と弟

 中井和子と藤谷一郎は京都の小料理屋で差し向かいで食事しながら最近亡くなった父親の相続税について話し合っている。

 この辺りは観光地域ではないため外国人観光客の姿はなく、京都らしい落ち着いた界隈にその料理屋はある。大宮通りを綾小路で西に曲がったところに目立たない看板で料理屋であると分かる。少し西に向かえば新選組の屯所があった土蔵のある邸宅が立ち並び、壬生寺も近い。静かである。

 二人の父親、藤谷孝雄が亡くなって母親と姉二人、それに年齢が一番下の弟である一郎が相続人である。あらかじめ一郎の知人の司法書士に隠れた相続人が居ないかを父が15歳くらいまで戸籍を遡って調べてもらった。想定外の相続人が出現すると相続税はもとより遺産分割にも大きな影響が生じるからである。司法書士の報告ではその懸念はないということであった。

 一番気になることは遺産の分割である。長女の和子と違って次女の勝子は積極性のあるヤリ手で大阪、島之内でブッテイックを経営している。フランス語もでき海外に買い付けに行くため視野も国際的である。和子は東京で主婦をしている。一郎はメーカーに勤務している。父が亡くなったため京都 紫野の実家では母が一人になった。

「あのね、お母さんのこれからのことが私は一番心配なのよ」ため息交じりで和子が口を開いた。「先々姉弟の誰かが引き取って同居することを母が希望してもみんなその余裕がないと思うのよ」

次回予告
 相続人の経済事情が明らかになるにしたがって本音が表にでてくる。伴って感情的な言葉のやり取りから姉二人と一郎は対立関係になってゆく。母には認知症の兆候がでてきた。司法書士の紹介で相続税額を試算してもらうため相談した税理士から予想される概算税額の報告がきた。その税額を知ってからさらに対立は深まることになる。

<短編物語>第1話 坂の下の泥沼:経営コンサルティング会社破産の時代 その4

前回までのあらすじ:資金が逼迫しているなか、大パーテイがおこなわれた。会場のホテル支配人の口車に乗り次のパーテイ予約をしただけでなく、経理部長はパーテイに参加の銀行支店長の勧める企画に安易に応じた。参加していた仕入先は会社の脇が甘いのを知り、今後の値上げを画策した。経理主任の笠間から見ればパーテイは資金が流出する傷口を広げるだけの結果しかもたらさないことが明らかであった。

4,崩壊の始まり
ある朝、凶報が到来した。社長が心不全で急死したとの知らせである。円安で輸入資材の高騰の中、過酷な交渉を担っていた心労からであった。

その月の支払いは売掛金の早めの回収ができたため乗り越えられた。しかしその先の資金繰りは出来そうになかった。

借入金の元金返済に加え、高騰した輸入資材費の支払いで資金は尽きる。経理部長が即金で支払ったパーテイ代などが原因で急速に資金量が減少していたため、人件費も支払えない状態である。

笠間はパーテイに来ていた銀行の支店長に掛け合ったが支店長は笠間の顔も目も見ないで「今回のご融資は見合わさせていただきます。ご理解ください。」との返事である。パーテイ会場での態度と全く違う冷たい雰囲気である。社長急逝により銀行は中小製作所の預金残高をチェックし、平均残高が急激に右肩下がりに落ち込んでいる事実を確認したに相違ないと笠間は思った。

人件費を払うため笠間はほかの金融機関も回ったが、平素からの経理部長の無能さをどの金融機関も知っていたため、社長の急死をきっかけにして態度は激変していた。頼りの社長が居なくなった会社の悲哀が身にしみた。

従業員の給与を払えないことは、従業員の生活危機を招くだけでなく、退職の引き金になりかねない。ひとりの退職が連鎖反応を起こす労務倒産の典型症状である。

「主任、何とかしてくださいよー」経理部長がのっぺりしたカオで近寄ってきた。笠間はモノをいう気にもなれない。お金を払う時は相手から愛想よくしてもらえるから得意な反面、危機に際しては全く役立たない。親戚であるだけで会社に置いておいた亡き社長を恨みたい気持であった。

2ケ月後、支払はできないまま経過し、銀行は同社の預金と貸出金を相殺した債権をサービサーへ譲渡する決定をした。また取引先からは取引停止の通知が連続して入った。

社長は「会社は従業員全員のもの」との考えで株式を従業員にも薄く広く与えていた。その結果、株主総会で意見がまとまらないまま時間だけ過ぎていった。

M&A専門会社から事前調査の申し入れがあったが、その結果は、過大な仮払金残高の存在が災いし、話は頓挫した。そんな会社を買収する企業はないことは笠間にもわかる。

結局、中小製作所は破産の申立てをすることになった。

笠間は取引先の経理担当役員の紹介で転職することができた。かって、その取引先に国税局の税務調査が入った時、笠間の会社との取引内容説明のため数回にわたってその役員と対話する機会があった。この時、この役員は笠間の実力と人間性を見抜いていた。この役員は今どき珍しい税理士試験5科目合格での税理士でもあった。苦労人であるだけに対面した人物の専門知識の確かさが一瞬にして分かったようである。

1年後、たまたま通りを通行中の笠間は、道路の向こうのハローワークから元経理部長が疲れた顔をして出てくるのを目撃した。笠間はわざと反対方向へ向かって後ろを見ることなく歩み去った。
      
            <第1話 完>

学ぶ点<この会社の欠陥ないし弱点>

1,親戚を重用した結果、経理知識の乏しい浪費家を要職に就けたこと。
2,仮払金勘定を速やかに精算しないで放置したため本来費用となる支出額が計         上されないことから生じる名目利益に課税され、加重な税負担が原因で資金が       流出した。
3,株式を分散したこと。集中することで意思決定が早く容易になる。
4,社長に万一の場合をカバーできる組織的構えができていなかったこと。

         

次回予告:第2話が始まります。相続から争族へ。現代の世相とアタリマエニなった相続争い。

<短編物語>第1話 坂の下の泥沼:経営コンサルティング会社破産の時代 その3

前回までのあらすじ:銀行借入の元本返済が始まり、そのうえ浪費家の経理部長がした仮払金は累積する一方であった。浪費された仮払金は貸借対照表の流動資産の部に計上されているが資産の実体はない。資金は出てゆくばかりのところへ輸入資材は円安のためジリジリと値上がりしている。ここで借入金利が上がれば利益は無くなり会社は赤字になる。

3,蜜に群がる蟻のように寄ってくる人々
 
大パーテイは笠間の反対にもかかわらず実行された。費用150万円は即日払いされた。ホテルの下へもおかないもてなしで経理部長は上機嫌であった。ホテルの宴会担当はニコニコ顔で「部長さま、御社で定期的にこのような大パーテイをされたら如何ですか、割引しますョ」と揉み手しながら言う。案の定部長は「オオ、それは良いアイデアだァ、じゃ再来月にどうかね?」

 横にいる笠間は資金が逼迫していることも知ろうともしないで即答する部長に、下手な大将テキより怖い、との格言を思い出して横を向くしかなかった。

 そこへ近くにいた銀行の支店長が歩み寄ってきた。有名大学を出た支店長で部長はその大学の名前だけで支店長に心服している。「経理部長さま、当行では近く大学の経営学の先生による経営診断を企画しています。きっと御社のお役に立ちますョ。費用は100万円です。診断を受けられたら融資の条件で無理聞きますよ」と言った。横で聞いていた笠間には最後に支店長がㇶㇶㇶと歯の隙間から洩らしたような気がした。笠間はその音が本音であると感じた。

 こうして蜜に群がる蟻のように寄ってくる人々に対し、脇が甘い経理部長は支出を戒めようともしないでOkを出し続ける。笠間はその部長の横顔に、愛想よい仮面の下にある自信のなさ、空虚さを見抜いていた。YESと言い続けないと立場がないと思っている。しかしテキはそこを攻め口に資金を吸い取ろうとする。この不況下、相手は売上を上げようと必死なのが能天気な部長にはワカラナイのである。

 パーテイ会場には得意先も仕入れ先も参加していた。両者の表情は対照的であった。得意先の顔には「イヤイヤ付き合いで参加した、こんな内容のないパーテイしていて良いの?」と笠間には読めた。
 一方、仕入先社長と専務の会話に笠間が耳をそばだてていると「ココは景気良さそうだから値上げさせてもらおう。よそからキツイ出血サービスの圧をかけられている中で助かるヮ、経理部長におべんちゃら言ってこよう。

 こうして何の統制もなく支出のタネが積み重なってゆく。笠間は大学教授による経営診断は社長が断ると予想した。なぜなら以前、経営学教授による講演会があった時、社長が参加した。講演会から帰るなり「アホらし、時間無駄にした!何が大学のセンセーや!2度と行かん」と怒っていた。理由を聞けば当日の参加者は約100人で現役のそれこそ命がけで経営の第1線で日々闘う経営者ばかりであった。そのような経営者が揃った前で教授は気押されたようで初めの15分くらいは経営の話をしていたが、途中から株の話をしだした。実践を知らない学者が実戦の場にいる人々を前に経営の話ができなかったようである。

 社長は「奴ら学者は安全地帯にいて世の中知らんコドモ相手に外国の本を紹介しているだけやろ、この手のセミナーには二度と行かん!」こんな社長であるから経理部長が安請け合いした大学の先生による経営診断は、空理空論と学者が嫌いな社長はキット断わると確信していた。

次回予告:
社長の急死 案の定、得意先から取引打ち切りの通告、銀行によるサービサーへの債権譲渡、節税策での株式分散によって意思決定できず。苦悶する笠間は、、、