Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その9

秀夫のスタート

 秀夫は持ち前のパワーで工程を頭に入れるだけでなく、機械と木工資材を組み合わせて試行を繰返しカラダで覚えようとしていた。座学だけでなく実習、実習で鍛えられた高専出身らしく何事も実地・実際・現場・現物での挑戦姿勢であった。

 秀夫が機器の扱いに慣れているとはいえ、泰平もつきっきりでコツを伝えようとした。泰平にとって、その行為は大きな器に自分のこれまでの経験の塊を流し込むような快感であった。それほど秀夫の吸収力は、そう大きくはない身体でこの世のすべてを吸い取ろうとするかのような気迫があった。

 これまでのブランクを取り返そうとする気持ちが秀夫の後ろ姿から泰平には感じられた。順調に来れなかったことも、飛躍のバネになりうることを泰平は教えられたような気がした。

新しい税理士の契約書

 ある日の午後「こんにちわ」と素朴な挨拶をして、その税理士は泰平と地見、秀夫のいる部屋に入ってきた。一見して「田舎の若者」と分かる風情である。泰平は世間話を振ってみた。朴訥なもの言いで、多弁ではないが活舌が良く言語明瞭で聞き取りやすい。泰平は話の波長が合うように思った。

 泰平は創業から最近までのストーリーを手短に話す。「メモを取らせていただいて良いですか」と断って泰平が「どうぞ」と言ってから要点をメモする。
 地見は横目でどんな点をメモするか見ていた。ダラダラとメモするのではなく、小見出しを付けて要点を箇条書きしている。税理士試験の理論問題で鍛えられたんだな、と思った。

 次いで地見が会社の決算書を示して仮払金勘定の説明をする。「どうしてこんなに多額になったのですか」と税理士は首を傾けながら残高が累積した経緯を聞き取った。そして「数字の由来を知りたいので宜しければ日を改めて来社しますので次のデータをご準備下さいますでしょうか」とともに「これは当方の顧問契約書の下書きです。ご覧いただいて次回にご質問などお聞かせいただけますでしょうか」とかなり分厚い書類綴りを手渡した。

 地見はその下書きを見て驚いた。通常の顧問契約書は始期、期限、業務内容、負担費用が定められ最後に「問題が生じた場合は甲、乙相互に協議し解決する」との条項があるだけである。最小限を記載し背後の制定法に戻りながら紛争を解決する典型タイプと異なり、想定される場合ごとの危険負担、責任の所在、紛争解決手順まで書かれている。要するに英米法的な、その契約の外でのいかなる合意や文書も排除され、当該契約書が、当事者双方の完全な合意であることが謳われていた。此の点からもこれまでの税理士とは全く違う、悪く言えば融通の利かない、よく言えば厳格な筋が通つた姿勢が伺えた。

新しい税理士が指摘したこと

 「この段階ではアウトラインしか申し上げることはできませんが、、」と前置きして直前事業年度決算書の仮払金について税理士は話した。
一番の問題は経営者の会計・財務軽視です。その責任をどのようにこれからの会計処理で示すかです。過去数年の総勘定元帳などを拝見しないといけませんが次のグループに問題を分類できるかと思います。
・センム夫妻への貸付金
・センムへの役員死亡退職金
・センムが使った交際費
・センムの奥さんが使った金額はセンムへの役員賞与
・そして泰平社長の統制不足ないし代表者としての任務懈怠が原因の使途不明金
 支払いの伝票すら残っていないのは重大な問題です。場合によっては青色取消しになり、繰越欠損金の使用も危うくなります。

 このうち貸付金に関しては簡単に貸倒にはできません。センムの奥さんに催促して回収努力が必須です。

 泰平はこれまでの税理士が申告書を作成する前に、このことの重大さを一度も指摘して呉れなかったことに腹が立ってきた。同じ税理士資格を持っていても「能力の差」では済ますことができないほどの違いである。前の税理士が泰平の会社に残した爪痕が深すぎた。それも放ったらかしにしてきたのは自分である。

 さらにその税理士は続ける。訥々と、立て板に水を流すのとは逆の話し方であるが自信に満ちている。気に入らないなら、いつでも辞めますよとの言外の意思が読み取れる。

 「本当に基本的なことなのですが、これからは役目を分担するようにしてください。例えばですが
 ・現預金の保管は地見さん ・支払の承認は泰平社長 ・記帳はAPI:application programming interfaceで異なるソフトを橋渡しさせて連携して半自動化します。銀行のシステムと自社の会計ソフトを連携し自動仕訳できます。結果は地見さんと私で一緒に記帳の網羅性を確認します。今のままでは地見さんひとりに負担をかけ過ぎています。

 この時、それまで黙ってやり取りを聞いていた秀夫が「それってsegregation of duty のことですね」と聞くと税理士は嬉しそうに「そうです、よくご存じですね。」と言うのに応じ、秀夫は「専門学校の時に生産管理で原材料、製品の保管製造指図書との確認、ロット進行の承認で同じことを学びました。材料と製品、半製品の横流しを防ぐためです。よくわかります。」

 二人は同じ年代ゆえかテンポよく話が進む。さらに税理士は「秀夫さんはデジタルに詳しそうですね。経理もデジタル化が進みデジタルインボイスのデータ連携の時代になります。

 秀夫は更に知的好奇心を刺激されたようであった。