冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第9話 資金城 盛衰記 その4
内部牽制の不在
資金が急速になくなってゆくので地道は泰平社長と相談して銀行から運転資金を借入れた。(設備資金の借入と異なり)運転資金の借入は、家計に例えると給与だけでは足らないのでサラ金で借金して生計を立てる状態に似ている。それでも泰平社長は気にならない様子であった。
さらに社運は傾き、センムは大酒とグルメが原因で糖尿病と肝硬変から腎臓に障害が生じ、心臓にも影響が出るようになり、カラ元気さえもなくなった。見栄子は乳腺外科に通っている。リッチエスカレーター学院では小学生でもイタリアのブランド物を身に付けている。質素な服装ではすさまじいイジメの標的になる。見栄子は治療費と娘のブランド物の購入のため湯水のように仮払金を求めて経理の地見に凄む。「アンタ!わかってるか!生きてゆけるのはこの会社に居れるからやで、、逆らったら怖いで、、直ぐお金出してや!」
地見行男は60歳で勤務先を定年になってから派遣会社に登録して経理人材不足の中小零細企業で仕事をしてきた。経理現場の実務経験は長い。甘い境遇が人間の狡さと見栄を引き出すのとは真逆に、彼は働きながら公立の夜間大学で法律を学んでいる。その大学の夜間部は5年制であり良く勉強する学生が多かった。仕事を終えてからの勉学でも知識が溶けるようにカラダに入ってきた。学ぶことが明日の元気の素になった。そのため学んだ内容はしっかり身に付いて彼の会社員人生を支えた。会社法の計算規定と経済刑法に詳しい。センムや見栄子、その子のような「おいしい、かわいい、めちゃ、ムズイ、キモイ」くらいの言葉しか話せない世代と異なり正確できれいな日本語を話せるし、書くこともできる。
これまでも何社も勤務してきたが役職者に経営の才がなければ学んだことは役立てようもなかった。そんななか泰平社長は理解があり地見はやりがいがあった。
社長から相談があれば持株制度や配当政策を始めM&A防止のための黄金株の発行なども考え、火の車になった財政を治したかったが、センムが入社してから泰平社長は経営意欲をなくしたように見えた。
現在は会社実印、銀行印を地見が管理している。資金の保管、経理記録、支払いの承認も彼一人が行っている。保管、記録、承認は少なくとも2人、できたら3人以上で分担するのが内部牽制の常道であるが社内のだれもがこの点については無知であり、無関心であった。
新聞紙上では経理係の売上金の横領、資金や在庫の横流し、経費の水増しがたびたび報じられている。これが零細企業の実情とはいえ問題が起きて一番に疑いの目を向けられるのが自分であることを考えると背筋が寒くなる。経営者の配慮が必要であるが社長が無関心であるだけでなくセンム夫妻は仮払金の支払いを激しく求めてくる。資金城はゾンビになろうとしていた。
ゾンビに群がるハイエナ
売上の低迷で資金は出る方が多いので本丸、固定丸とも資金は底をついた。金蔵出丸と張出出丸もセンム夫妻の仮払請求で湯水のように資金が出て行き残高は殆どない。奥曲輪に残が減るばかりである。預金勘定の減少を知った銀行の若い担当者は運転資金の追加融資を勧める。「私はこの支店に配属されて融資実績がまだありませんので何とかご協力をお願いします。」と会社の実態を見ようともせず自己の成績のため、3年の約定弁済を勧めた。今どきの利息は安くはない。「そうですか。では宜しゅうお願いしますヮ」とセンムが簡単に応じる。地見は「バカな大将、敵よりコワイだな、、」と独り言をつぶやいた。
こんな時、センム夫妻は何処で知り合ったか証券会社のセールスマンを会社に呼び投資信託の契約をした。同じころに別の銀行と外貨積立預金と生命保険の契約をしてしまった。生命保険には医療保険が備わっているから渡りに船と勧められたようである。会社の試算表の「仮払金」は5億円になった。精算されないため税務署から給与として認定課税される恐れもある。サイアク使途秘匿金課税の恐れも否定できず、そうなれば追徴課税と加算税の額は半端ではない。
さらにセンムの娘が通うリッチエスカレーター学院からはベルサイユ宮殿をモデルにした新校舎建設の寄付金要請に加え、新体操部が全国大会に出るとかで寄付金を求めてくる。学校も商売である。父兄が寄付した金額はホームページで公表されるから親どもは多額の寄付を競い合う。
ハイエナの群れにエエ格好をするあまり資金城の落城は時間の問題になって来た。
或る月末、とうとう投資信託と外貨預金の引落額、生命保険の掛金の引落が残高不足のためできなかった。見栄子は地見に「アンタが頼りないからヤ、恥ずかしい思いさせんといて、、」と激怒する。センムは「こんど銀行のゴルフコンペに行くのにバツ悪いヮ。せっかくフェラーリで乗り付けて良いとこ見せようと思っていたのに、、コンペの参加はヤメタ~」と地見に聞こえよがしに嫌味を言う。コンペの組み合わせなども決まっている時期なのに、自分の体面と感情だけでしか物事を見ることができない。相手の立場は目に入らない。地見は何をかいわんや、の気持であった。
派遣の地見には退職金はない。週末の夕方、来週から出社しないでおこうか、と考えていた。その時、泰平社長が地見のデスクに近づいてきた。
「地見さん、お疲れ様。私どうも認知症のケがあるらしいですヮ、へへへ。なので折り入って話があります。今よろしいですか?」
次回予告
泰平は先を見ていた。自分に事理弁識能力があるうちにセンムを廃嫡することを考えて専門家と相談していること、まだ認知症の診断はされていないが、少しづつ進みつつあること、不遇で亡くなった妹に男の子がいること。彼は国立高等専門学校の機械工学科を卒業したばかりだが母親の看病で就職の機会を逸したこと、身寄りなく古い家で犬と暮らしていることなどを話すのであった。