冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
上のものほど新しい記事となっています。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その10
日本オフイス採用面接
入れ物ができたから、すぐ始動するために早速幾つかの媒体で求人した。
パリ本社というのが効いたのかフランス語不要です、が良かったのか、若干名募集の条件にもかかわらず、すぐ応募者が集まった。丸二日に亘って憲治は嬉しい気持ちで面接をした、が、結果は疲労感と絶望しか残らなかった。
日本語が通じない。会話の例である。
憲治「それは、あなたの認識ですか?」
応募者1「アタシ妊娠していません、、」→憲治「、、?」
憲治「あなたが選択されたのですか?」
応募者2「ぼく洗濯機使えます。」→憲治「、、??」
憲治「今の話、ご理解されましたでしょうか?」
応募者3「わたし理科は苦手です。」→憲治「、、」絶句
4人目の応募者は長いツケ睫毛をして、むっちりとした太ももを見せてモンロー歩きで入室してきた。流し目で憲治を見ながら鼻にかかった声で自分の名を言う。そのあと不自然に胸を張る。憲治がPC使えますか、と聞くとハ~イと作り笑いをする。「ではこのPCを今立ち上げて、私の話す短文をwordに打ち込んでください。」応募者は虚を衝かれ、ポカンと口を開ける。憲治は鋭く観察する。回転椅子を90度左に振ったサイドデスクのPCに向きを変えさせる。正面から見えない90度横からの横顏は横暴で粗野な本性を感じさせ、見る気はなくても視野に入る側面から見える下腹部はボデースーツで締付けていても充実した脂肪で盛上っている。
その応募者はwordこそ立ち上げたがタイピングは片手でキーボードを拾いながらで異常に遅い。日常的にPCを使用している気配はなかった。憲治は「そこまでで結構です。次にexcelでこの数字の合計をSUM関数を使って集計してください。」と問うた。
「私エクセルできません、、、スミマセン帰らせてください、、」と言って部屋から出て行った。部屋にはそれまでの空気を上書きしてしまうようなゲランの重たい臭いが残った。パリが本社だから、おばあさんの香水を借りてきたのか、古臭い臭いであった。その応募者が部屋から出たあと、待合室に待機していた他の応募者との話し声が洩れてくる。「ココの面接官メチャ ムズイ奴やで」憲治にはメチャの意味は分かったが「ムズイ」とは何のことか分からなかった。
窓から覗けばその応募者は階段途中でタバコをくわえて手慣れた手つきでライターで火をつけ、踊り場に腰掛てスマホで通話し始めた。暫くして電話相手との「ぎゃはははㇵ」とケダモノのような笑い声が聞こえた。
このようにして2日が虚しく過ぎた。該当者無しであった。求人の方法を改めた。書類選考を前に設けた。駅裏の古ビルにもかかわらず、相変わらず、そこそこの数の履歴書が送られてきた。
憲治は学歴の「高校」に注目する。大学は気にしない。親の経済力や境遇次第であり、コネ入学、一芸入学など入口が多すぎて人物や能力を判別しにくい。そもそも日本は定員に満たない大学の方が多い。高校も学校による差が大きいし、中学卒でも高卒認定試験(旧大検)を経ていればその時期をどのようにして過ごしたのかが見えると考えている。憲治はその昔、夜間の講習所に通っていた時、或る3流女子大学生と短期間付き合ったことがある。「私と憲治さんは身分が違うのョ」とバカ丸出しの時代遅れの嫌味を言ってその女は去って行った。そんなことなどから大学の程度が測れないため、上辺のレッテルには無関心になった。
書類選考を経た今度の応募者は皆優秀であった。特に女性は際立っていた。現職場のプレッシャー、旧態依然の縦社会、同族経営の中での疎外感、外資の使い捨て体質、これらが彼女らの永い勤務の障害になっていた。その境遇は憲治自身、いや弟の次郎や勝矢も日本を捨てた原因とも重なる。どうしようもない日本の壁であった。結果、3人に採用通知を出した。3人とも女性であった。一人は辞退してきた。2人が残った。勝矢の指導にもついて行けそうであった。
父の相続税のてん末
母と次郎を交えた話合いで下のように決まっていた。
母:金融資産と自宅土地と建物
憲治:自宅隣地の雑種地
次郎:取得する財産無し
しかし税理士の試算の過程で納税額が殆ど生じないことが分かった。そこで隣地を物納する必要もなくなったため、この際すべての遺産を母が相続によって取得することに次郎とも連絡を取ったうえで変更した。更に未払いの入院費などの債務を控除したら母の相続による課税価格は1億6000万円を下回った。この結果、納付する相続税はゼロになった。(相続税法19条の2:配偶者に対する相続税額の軽減)
憲治は大きな荷物を下ろしたような気分であった。しかし税理士から次の3点の注意を受けた。税理士は言う。
「あのですね、すべての財産はお母さんに承継されました。ですから、こんどお母さんの相続(二次相続といいます)の時は今回のような「配偶者に対する相続税額軽減」規定は使えません。そのうえインフレに伴い路線価は今後上昇すると考えられます。ですから二次相続では相続税額ゼロというわけにはゆきません。なお、このたびは、相続税額ゼロの結果になりましたが税務署への相続税申告書の提出が必要です。」
憲治には税額ゼロなのに申告書を作成して税務署へ提出する意味が良く分からなかった。
税理士は続ける「この配偶者の税額軽減規定を適用しておられます。この軽減規定の意味は、相続財産の形成への配偶者の貢献を認めての軽減措置です。このためには遺産分割でお母さんに遺産が継承されたことを示す遺産分割協議書などを付けて申告することを条件として軽減規定の使用が認められています。」
「もう一つ申告書の提出が要件になっている規定があります。お住いの宅地につき330平米までは80%が評価を減額することができる規定(租税特別措置法69の4)を使いました。この規定は申告期限までに申告書にその旨を記載し明細書などを付けて申告しなければ80%減額は適用されません。」
憲治は危うい所であったと気付いた。このまま申告しないで渡仏していたら相当の税額を日本政府に納めなければならないところであった。
最後に、次郎のフランスでの納税は不要になるらしいが申告手続きの洩れがないように税理士の海外ネットワークでこのことを処理してもらう依頼をして税理士事務所を後にした。気分は軽かった。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その9
前回まで
日本の税理士に相続税の厄介事を依頼すると憲治も母も気分が軽くなった。母はこれから犬や猫と父の仏壇を守りながら、ゆっくりした日々を過ごしたいと言う。憲治は自分の事業について思い込みから脱皮でき、違う展開のいとぐちを探そうと思った。勝矢の学ぶ領域にそのヒントがあるように思った。勝矢の指導教授が日本人は捨てることをしないから五里霧中に入ってしまう(その4掲載)との話を記憶している。捨てて捨てて残った中に単純なダイアモンドがひっそりと取上げられるのを待っていることは間違いない。それを探すのだと決心した。それは父の死を契機に日本へ帰国して掴んだことでもあった。その意味で父が与えてくれたものかもしれなかった。
憲治の出発
パリ行にはヘルシンキ経由のフィンランド航空を利用するので早朝に出発した。まだ薄明かりの中、母と犬と猫が玄関先で見送ってくれた。特に犬は憲治が遠くの国に行くのが分かるのか、尻尾を振って足にまとわりつきながらクーンクーンと寂しげな声を出して落ち着かない。憲治が街角を曲がり切るまでずっと身を乗り出して憲治を見ていた。白い犬であるから薄明けの空を背景に、いつまでも動こうとしないで見送る姿が憲治の脳裏に残った。白い犬は昔から神様の御使いだとの言い伝えを思いだした。
パリのオフイスに戻ってPCを立ち上げ、メールをチェックし、銀行口座の残高の推移を確認したら、フランス出国前に手を打っておいた効果がたちまち現れていた。預金口座からの自動払いをストップしたため、通常の月よりも残高が急に増えていたばかりでなく、譲れない条件であった前金の入金が数件実行されていただけでなく、新規取引先とのサブスクリプション契約によって資金の定期的な流入があった。資金は吉兆を示していた。これらの手を打たなかったら資金は早め早めに自動流出し人体に例えると下痢症状を繰返していたところであった。
次は、刊行するアイテムを選択し集中することであった。捨てて捨てて、その底にあるダイアモンドを拾い上げるだけである。
この時、吉兆と白い犬が憲治の中で結びついた。「そうだ犬を軸に猫など動物絵本に特化しよう!」天からインスピレーションが降りてきた。あの旅立ちの朝、憲治が辻を曲がるまで身を乗り出して見送ってくれた白い犬、あの犬を母のもとに遣わした天の意思がダイアモンドを憲治に知らせてくれたのだ。それは父の死がもたらしたものでもあった。そう思うと胸の奥が小刻みに震える。憲治の背中に誰かが手を置いた感触があった。憲治は後ろを振り向いたが誰もいない。でも自分以外のチカラが指針をもたらしてくれたのだ。日本に帰ることなく一人パリで出口を探していても同じところをグルグル回っていただろう。
新しい経営指針
多文化共生のパリは異文化間の摩擦が生じやすく、落ち着きがない。この際、パリから定型手続きと作業工程を日本に支店を設けて移行し、日本人スタッフを採用し、勝矢に立ち上げのルーチンの作成とトレーニングを依頼することを決めた。母と行ったイタリアンレストランのスタッフの機敏さが強い印象で残っていた。
勝矢には学業があるので彼が可能かどうか心配したが、AIエージェントを組み込むことで簡潔な業務マニュアルができるうえ、自分が学ぶデザインルールを実地に生かせることがエキサイティングだ、と彼はやる気満々である。
滞っていた歯車が良い方向に動き出した。資金面が潤沢傾向であることが憲治を更に後押しした。
本店はパリに置いたままでゆくので、日本オフィスの物件を探すため再度来日した憲治は「駅裏の奥まった静かな物件」にフォーカスして探し回った。駅南ビル、コンチネンタルビル、ワールドビル、ユニバーサルビルが最終候補に残った。面白いのは駅南→コンチネンタル→ワールド→ユニバーサルと名前が大きくなるほどビルは小さくなり、家賃も少額になることだった。パリを連想できるコンチネンタルビルと契約した。
パリ本社・日本オフイス 所在地:コンチネンタルビルが新しい入れ物になった。ここから挑戦が始まるのだ。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その8
憲治の帰国
悶々とする中、憲治は父の見舞いも兼ねて帰国した。5年ぶりである。
空港でも駅でも街でも、気になったのは殆どの人が怒ったような顔をしていることであった。5年前と違う。特に若い女性の無表情で能面のような相貌は内面の心の冷たさを反映しているかのように見えた。そこには不満と経済的逼迫が透けて見える。貧しさを無表情で覆い隠しているのだ、と憲治は感じた。何故かバッグやリュックには小さい人形などが5つも6つもぶら下がっている。余分なものを嫌う憲治には理解不可能であった。
電車で老女が乗って来ても優先座席の若者はスマホを見るのに熱心で知らんカオである。続いて太った足の悪い年配の男性が乗ってきた。誰も席を譲らない。若者が競って席を譲ろうとするパリの地下鉄と違う。憲治は人々の冷たさに気が滅入った。電車がガタンと揺れたはずみに太った男性はよろめいた。その時、若い茶髪の兄ちゃんが男性に席を譲った。それを見て、憲治は少し救われた気がした。
駅での乗換の際、ドアを通る。フランスでもその前にいたアメリカでも後ろに続く人のためにドアを手で押さえて開けたままにするところ、日本ではそのような配慮はない。
自宅に着く前に「イヤなところに戻って来た」と思った。
自宅には犬と猫がいた。憲治が知らない2匹であったが犬は前から憲治を知っていたかのように尻尾を振って歓迎してくれた。
母が言う「犬も猫もどちらも男の子だよ。お前と次郎の代わりにウチに来たんだ。」猫は初めは警戒していたが、しばらくすると憲治に近寄ってくる。この2匹が病身の夫と心細い日々を過ごす母を支えてくれていたのだ。母はこれまでも一言も日本に帰ってきて欲しいと言ったことはなかった。この2匹に感謝しかない。
明日、病院に行こうと予定したその夜、病院から電話がかかってきた。悪い予感がした。「すぐ来てください!」母と憲治は駅前からタクシーで病院に向かった。多臓器不全で病院に着く前に父は息を引きとっていた。結局、父と話も出来ずじまいであった。
父の死という現実を前にして憲治は葬式の準備をしなくてはならない。税金どころではなかった。すぐ次郎に連絡した。返信があった。「できるだけ早い便で帰る」と。シズラーの親方が、すぐ行って来いと休暇と餞別をくれたそうであった。
3人の話合い
次郎は葬儀が終わってゆっくりする間もなく、パリにもどって行った。それまでの間、3人で密度の濃い話し合いがされた。相続放棄を言う次郎については、次郎に子があれば放棄によって子の相続権まで奪うことになるが(民法939条)、遺産の継承について遺産分割協議で次郎には取得する財産が無いと決めることで放棄と同じ経済効果になる方法を取ることに決めた。取得財産がないから次郎の相続税額の負担額もない。自宅とその土地は母が受継ぐ。少しの金融資産も母が相続し、隣地の雑種地は憲治が取得し物納を検討することにした。税理士から、路線価が上がっているから、物納の収納価額も上がっている、但し、その物件を税務署が受取ってくれるかは、ハードルが高い、と聞いていた。が、相続税申告期限まで10ケ月ある。その間に考慮することで3者は合意した。
ある夜、憲治は母と駅前のイタリア料理店で食事した。若い女性がその店でたくさん働いていた。例外なくキビキビと動き、笑顔でしっかりと目を合わせて注文を聞く。街でスマホを無表情に見る人たちと違う人種のようであった。憲治は気がついた。店の管理者が良く教育しているからだ、と。日本人は組織で動けばチカラを何倍も出す国民性だと知ってはいたがフランス人にはこのような切替はできない。日本人の不思議な一面に気づいた。自分は組織に入らず独自に小規模に徹して事業を運営してきたが自分の中にもこの料理店の経営者やスタッフのような心情が潜在しているかもしれない。そうであるならフランスで苦闘している出版業の展開に、大きなヒントが得られた気がしてきた。
日本の税理士と会う
申告までの10ケ月に決めなければならない点を確認するため憲治は母と共に日本の税理士に会うことにした。次郎の相続放棄のこと、母と憲治に予測される税額のおおよそ、有利な遺産分割の方法などが聞きたい項目である。
また、このたびの父の死で憲治のフランスでの居住期間が5年で収まることが確定した。そのため憲治は父の相続人としてフランスでの居住期間が6年になるとフランスでの相続税申告が必要になることも一切ない。一区切りついた気持であった。
税理士は初老の平凡・慎重・確実という言葉にぴったりの人物であった。各項目について条文集で確認しながら言葉を選んで口を開く。マスコミで報道されるような異常な節税スキームを考えて依頼者を課税リスクに晒すような姿勢は微塵もない。母と憲治は安心して相続税申告を依頼しようと思った。税理士に伝える諸事項を母とメモして役割分担を決めた。
次回予告
日本の税理士に相続税の厄介事を依頼すると憲治も母も気分が軽くなった。母はこれから犬や猫と父の仏壇を守りながら、ゆっくりした日々を過ごしたいと言う。憲治は自分の事業について思い込みから脱皮でき、違う展開のいとぐちを探そうと思った。勝矢の学ぶ領域にそのヒントがあるように思った。勝矢の指導教授が日本人は捨てることをしないから五里霧中に入ってしまう(その4掲載)との話を記憶している。捨てて捨てて残った中に単純なダイアモンドがひっそりと取上げられるのを待っていることは間違いない。それを探すのだと決心した。それは父の死を契機に日本へ帰国して掴んだことでもあった。その意味で父が与えてくれたものかもしれなかった。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その7
前回までのあらすじ
憲治はパリで小さな出版社をしているがお金にシビアなフランスで事業の資金繰りに苦慮している。憲治より先にパリに来た弟の次郎から見たら兄の運営方法はヌルく見えるので直言する。フランスに来てから知りあった勝矢も金銭の厳しさを強調する。そんあある日、日本の母から父が重病であることが知らされた。知人の日本の税理士は相続税の準備を勧める。次郎は相続財産を引継ぐ気はないという。困った憲治は久しぶりにストラスブールで勝矢に会って意見を聞くことにした。
フランスの税務専門家
二人はイル川ほとりのリバーサイドカフェで川風に吹かれながら話をした。一通りの話を聞いた勝矢は「わかりました。ストラスブールには心当たりはないがパリに税務専門家(エクスペル コンターブレ)の知人がいるので聞いてみましょう。」と言ってくれた。そしてこう付け加えた。
「そこは会計事務所としては豪勢なしつらえだ。応接室はロココ風で統一されている。お金にウルさいフランス人からあれだけの事務所を維持できるほど稼げるコツは報酬の取り方が上手いからだと思う。キミがもし、漫然と焦点を絞らないで相談に行ったら初回料や調査料にタイムチャージが乗っかって驚く金額にならなければ良いのだが、、、」これを聞いて、資金繰りに困っている憲治は避けたい気持に傾いていた。たしかにフランス人は平素の食事も質素であった。基本は自炊である。外食にお金はかけない。早く言えばケチ、良く言えば合理的。しかしお金は蓄えている。盛り場での飲みすぎ食べすぎで宵越しの金は持たないとか、会社にツケを回す悪弊が残る日本人とかなり違う。自分の考えに忠実で他人への見栄など全くと言ってよいほどない。
憲治はこう考えて、自社の資金が豊かではないのも関連していると気が付いた。
問題は相続しないという次郎への処し方である。憲治がAIを使って調べたところ相続財産を継承しない道は二つあった。放棄のほかに限定承認という道があった。相続後3ケ月以内の期限は放棄と同じであるが、限定承認の手続きは、ほかの相続人である母や自分が賛成しなければに次郎一人ではできない(民法923条)。その上、家庭裁判所に限定承認の申出を受理する家事審判を経るため手続きが厄介である。結局、相続放棄しか残らない。これで次郎と話を詰めようと思った。
思わぬ伏兵の出現
憲治はフランスの税務専門家に尋ねる前に日本の税理士にフランスでも相続税がかかるのか聞いてみようと思いメールした。
異国の税制であるが日本の税理士は粗削りであるがと前置きしたうえで回答してくれた。それによればフランスに過去10年のうち6年以上居住しておればフランス国内に相続財産がなくても日本にある相続財産にもフランスの相続税が課税されると回答があった。憲治は5年であるが次郎は10年を超えてフランスにいる。次郎は日本の相続税とフランスの相続税の両方の課税を受けることになる。二重課税であるから日本で納めた相続税はフランスで控除されるとメールには書いてあった。
次郎の怒り
「どうしてオレは日本とフランスの二か国にまで相続税の申告をしなければならないのだ!やり過ぎだ。」と血相を変えて吼える。
特に次郎が感情を高ぶらせた点は、日本の税理士が試算してくれた内容である。その試算では両国の税率がよく似ているため、もし日本で相続税を払っても殆どの部分の税額はフランスで外国税額控除されるが、ゼロとは限らないこと。日本の相続税を日本円で支払い、フランスの相続税をユーロで支払うところ、もし、フランスの相続税を日本円で支払う場合には円安であるため納税額が為替分だけ増額してしまう点であった。
「財政赤字を放っておいて円安になるばかりだ。そのことが為替変動分までオレにもツケが回る!やってられん。そもそも日本は相続税の基礎控除3000万円プラスアルファと少ない。アメリカでは1,500万ドル(日本円156円なら23億6000万円)まで相続税(正確には遺産税)は免税だァ。大金持ちからアメリカのように税金を取ればよい。桁が二桁も違う。日本の相続税は大衆課税だ。だから日本に居たら資産家になれない。フランスに来ても日本の税金に追われるのは腹が立つ。」
憲治は弟がまくしたてるのを聞きながらなるほどと思った。さらにフランスでは居住期間が6年になれば自分も次郎のように両国の税のターゲットになってしまうことも新たな心配事になて来た。病の父が長く生きてほしいのはやまやまであるが、そのことは自分のフランスでの居住期間が5年から6年になり、相続税を招来する。辛い境遇である。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その6
母国の相続税
憲治は、さっそく母に電話した。すぐ電話に出た母の声は落ち着いていたので少し安心した。
母は息子二人が遠い国に行ってしまって、寂しい日々を病気がちの夫の看病をしながら日々を過ごしていた。医師の見立てでは病気が進んで、父が精密検査を嫌がるのを説得して調べてもらった結果、腎臓が機能しない状態になっているとのことであった。
父の所有する財産の大きなものは住宅の土地と家屋、その隣地の雑種地であった。雑種地は二人の息子が傍に住んでくれるようにとの思いから、思い切って購入したのであるが、結果的には二人の息子はフランスに行き、相続税の負担の原因になってしまう結果になった。
税理士が言うには、最近の地価上昇で路線価が大きく値上がりしていること、住宅地は宅地の特例措置を適用できるが、隣地は上に建物があるのではないので更地評価になり、これが原因で、そう多くはない金融資産を加えると相続税の基礎控除額を超えることになるとの判断であった。
母が一番心配する点は相続税の納税資金であった。所有する預金だけでは相続税を支払うことは多分できない、それゆえ納税資金を金融機関から借入するか、早急に雑種地を換金するしか思いつかない。雑種地の換金を急げば不動産取引業者に足元を見られかねない。どうするのが良いか?という話であった。
相続税についての次郎の考え
「オレはフランスに来て10年を越えた。日本の相続税がかかるとは思っていなかったョ。父から財産を相続したいとも思わない。できたら放棄したい。日本に税金を払う気持ちもない。おれは自分のチカラだけで生きてゆく。親の資産をあてにしたくない。これがすべてだ。悪いけれどアニキ、よろしくお願いします。」
憲治は、父がフランスに自己の資産を持っているのではないからフランスの課税権が日本の財産に及ぶことはないと考えていたが、自分なりに調べてみたらそのようであった。しかし日本の相続税法のことは全く分からない。その後、母に税理士のメールアドレスを聞いて相談のメールを送った。
時差があるから返事が来るまでは二日くらい必要だろうと思っていたが、予想より早く税理士から返信が来た。憲治も次郎も相続税法での「非居住無制限納税義務者」に該当するので死亡後、10か月以内に父の住所地を管轄する税務署に相続税申告書を母、憲治、次郎の3名共同で提出しなければならない、とのことであった。
相続放棄の者はどうなりますかと聞けば、相続後3ケ月以内に家庭裁判所で相続放棄の手続きをするようにとのことであった。
次郎にそのことを話したら、「そのことで日本に行く気も費用もない。なんとか他の方法で相続税の納税がゼロになる道はないのか」と聞いてくる。その上、自分は今は日本国籍であるが、近い将来、フランスの国籍を取りたい。フランスに5年以上居住しているから、あとは経済的安定を獲得すること、フランス語の能力を磨くことのうえ、フランス社会への同化に関して市民試験(examen civique)をパスすればゴールだ、と話の力点が日本国籍離脱に向かう。
憲治は自己の事業の改革の課題に加えて自己と母親、それに弟の相続税への対処に当たらなければならなくなった。パリでは、誰に相談できるあてもなく、一人セーヌ川やサンマルタン運河の畔を歩いても気は晴れない。気分を変えるためにストラスブールに行こうと決めた。勝矢と話せば何か糸口が見えるかもしれないと思った。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その5
兄と弟、、、母からの手紙
次郎は憲治の弟である。兄と違って独特の気風があった。子供の時から血気盛んで戦国時代の大河ドラマや映画に夢中で、オレもこんな時代にいたら槍や刀持って戦場に行きたい、などと言って母親を心配させた。
彼らの祖父や曽祖父は富山県の網元であったが、さらにその前の時代は能登の下級武士で、明治の廃藩置県で失業し、倶利伽羅峠を越えて富山に移った。曾祖父から峠を越える時に足にまめができて難渋した話をかすかに覚えている。曽祖父方の祖母は能登の笠間家から嫁入りしてきた。笠間家は戦国時代には守護の富樫氏と対立する勢力であり、文化文政以降の古い戸籍を見ると笠間弥一郎や笠間源三郎など剣豪のような名が連なる。
その血が次郎にも流れているのか、とにかく現場が大好き、それも過酷な寒風吹きすさぶような環境を求めていた。学校を出たらどこで聞いたのか「オレはヤン衆になる!そこでヒト財産作つてニシン御殿建てたる!」と言ってニシン漁の時期に北海道に行ってしまった。
*ヤン衆:ニシン漁の季節労働者
数年後、ニシン御殿はできなかったが、まとまった資金はできたらしい。「ヌルヌルする魚より硬い金属を扱いたい」としばらく近所の鉄工所に勤めていたが「日本イヤや、フランスだァ、もっと金属の技術を磨く!」と言い残して資金と共に渡仏してしまった。今はシズラー(彫金師)の工房で朝7時に一番に工房に入り充分に準備して8時から仕事を始める日々であるらしい。師匠の覚えも良いそうである。
次郎の存在が憲治をパリに呼び寄せたようなものである。パリで何回も会って話すうちに政治と経済の動きに関して彼が深い知識を持っていることに驚いた。昔から目の付け所と集中力には非凡なものがあったが異国で生きるには安閑としておられなかったことが彼を成長させたと憲治には見えた。
その次郎が「アニキ、日本ヤバいぜ。オレにはこう見える。借金まみれで赤字ばかりの家のくせに見栄は一人前で高級車を乗りまわしたり、贅沢な旅行ばかりして、近所には豪勢なお土産をおすそ分け。社交クラブの役員になりたがる。しかし家の中では借金のことで夫婦喧嘩!表の通りにまで声が聞こえる。そんな家の言うこと誰も信用しないぜ。国も長年放って置いた財政赤字があるのに積極財政とかで歳出が膨れるばかりのうえ補助金ばら撒きは続く。そこへ利上げだ。利払いが足引っ張って動き取れんようになる。円安、金利高、物価高のもと、ローン多い家庭と同じように債務がのしかかる。そんな国は外国から足もと見られて信用なくしてゆく。現に土地も上場会社も外資に買われまくりだ。株の半分以上をガイジンに握られて、利益配当は外国に持って行かれている。」次郎は続ける「日本では人の目を気にするばかり。自分の人生を生きていない。フン、そんなもの気にしないで思うがままに生きてやる。フランスはそんなところだ。お互いが認め合っている。」「俺が思うには、フランスは、さすが大革命を経ただけのことはある。根底からひっくり返すことで新しい国柄が生まれたと思うよ。」
憲治は次郎の話を聞きながら、もう彼は母国には帰って来ないだろう、「母国」というものも彼の中では既にないのかもしれないと感じた。
しかし自分は弟とは違う。母国は自分の拠り所だ。そのように生きるためにも強い経済力が欲しい。自分は弟のように一攫千金を狙う気性ではないことは分かっている。それでも利益を獲得できる道は、タイプが違う次郎や勝矢との対話で見えてきた。そうだ努力・希望・忍耐はアタリマエに皆がしている。それだけでは鋭くない、突破できない。日常に流されてしまう。こう考えていって自分には「革命的な」自己否定と改革がないことに気がついた。以下の方策に切り換えようと思った。
・契約時に前金を取る
・サブスクリプション契約に移行したら入金を自動化する。現金払いの例外は 認めない。売掛金は原則生じない仕組みを作る。
・自動払いはすべて解約し、銀行で支払時期最終日に払う。キャッシュの入金 は自動化し、出金は自分サイドがコントロールする。
・上記を理解してもらえない顧客の仕事は受けない。
・利益率を超UPする。
・そのためには、それでも書籍の刊行を依頼してくれる魅力を際立たせること だ、それは何か?
そこまで考えた時、日本から母発信の封書が届いた。すぐ開封した。
そこには父が重病で医師の見立てではもう手遅れである、と。知り合いの税理士からはフランスの息子さんたちには早めに知らせた方が良い、と。相続税の準備が必要である、と書かれていた。
憲治は自己の「改革」の究極が見えないまま、新たな問題に対処しなければならないことになった。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その4
選択と集中の秘訣
勝矢は続ける「オレは学校でプロダクトデザインを学んでいる。学校と下宿を往復するだけの毎日だが雑音がないので学びに没頭できる。そこで分かってきたことがある。自分の内心に居て外の不要な情報を排除して、自己の内部が出す情報に五感を使って「感じる」と、していることが見えてくる。無駄な時間を過ごすことはなくなってゆく。ストラスブールにも日本人観光客が来る。お金を使うのが目的のような浪費旅行だ。群れて動き回って何でもかんでもスマホのカメラで撮っている。しかし彼らの眼はガラス玉のようだ。命を燃やす対象がないようだ。」
憲治も勝矢の言うことが分かるような気がした。そう思いながら明日からの自分の会社の経営のことが気になる。
それを感じたのか勝矢は「手を広げるほど集中の中心がボケてくる。これがコワい」「あれもこれも実行しようとする。そこが罠だ。自分で作ってしまった罠だ。することを広げないで最小限にすれば焦点が絞られる。その絞られた焦点からエネルギーが噴き出す。絞るほど噴き出す。ENSASの教授に言われた。「日本人は賢くて器用だから周りが見えすぎる、そこで捨てることをしないでせっかちに進むから五里霧中に入ってしまう、と。」「アタリだと思った。それから、器材も書籍もすべて周りから遠ざけて貸倉庫に放り込んだ。不思議だった。することが見えてくるようになった。」
憲治は自社の何を捨て、何を残すか、この答えが分かった時に前へ進むことができるような気がした。オット、何を捨てるかより前に、売掛金の支払いが遅い外国人を今のまま甘やかしていること、外国人の作家に言われるままに前金を払っている姿勢が自分の何処から出ているのか知ることが先だと思った。
自己主張を十二分にしないと外地では寄り切られる。その現実に気がつかないまま母国の取引先の好意にすがってきたことが原因だと、目の前の勝矢の顔を見ながら頭の裏側でそのような原因探しをしていて、気がついてきた。
全ては選択だ
勝矢は言う「流されてゆくのはやめようや。日本の人は善い人が圧倒的に多い。しかし外国ではそうではない。悪い人も多い。しかし善い人も同じだけいる。みんながみんな悪くない。人と接点を持つか否かは自分の選択だ。まずい人と思ったら距離を取ることだ。オレもこれができなかったがこちらへ来たら五感をフル回転させたらハナが効くようになってきた。自分でも凄いと思った。誰が悪い、政治が良くないなどは関係ない。自分が選択を誤るか、正解か、どちらかしかない。すべて自己責任だ。誰かのセイにするナ。自分は責めを負わない場にいてクチだけの人は相手にしない。決めたら前が見えてきた。そしたらナメラレルこともなくなった。
日本に居たら気づかなかったことだ。規模が大きいのは良いことではない。滅びの道の入口だ。大きくなると見えるモノも見えなくなる。アタマ180度変わった。相手の顔色みて言うことフンフン聞いてたらナメラレル、押しまくられる。どこかの国の外交のように、、」
<短編物語>第10話 国境を越える」若者たち その3
憲治の会社の状態
憲治は出版社を始める時に出版取次を介さないで書店と直接取引する道を選んだ。委託販売での前払制度のメリットはあるが、大量の絵本を刊行することは最初から考えていなかったので取次社を介することで生じるマージンを支払いたくなかったからであった。
それでも作品を絵本にしたい作家は多く、絵本の画材には困らなかった。販売は書店と直接交渉して店頭に置いてもらい、販売量から手数料を支払った残りが憲治の会社の売上高であった。そこから絵本作家に支払いをしてワンクール終了する。
最初のうちは書店での販売は順調であったが、出版するアイテムが増加するにしたがって破品(製本過程でのしくじりによる不完全本、店晒しによる陳腐化、汚れ)が多くなり売上の足を引っ張り始めた。
特に日本の読者は、請求には直ぐ支払ってくれるものの、他国の読者はなかなか日本人のように支払ってくれはしない。この回収遅れがだんだん底だまりして不良債権化してきた。
特徴的なのは外国の絵本作家は前金を要求するし、残金の支払期日に厳しく、1日でもズレると催促のメールが入る。その一方日本の作家は悠長であるというか、おとなしく、前金を要求する作家は皆無であった。日本の作家の支払い要求が緩いことが救いであったが、全体として、資金が出る速さ(日数)のほうが入金のスピードより速いことは事実であった。
生活費にも不足することになり憲治は旅行会社に登録して日本からの観光客相手の通訳兼案内人もしている。春休みや夏休みになると学校の教員や大学教授、公務員など休みをたっぷり取れる階級の人々が家族連れでパリにやってくる。そして、これら旅行者のわがままに耐え、下手な買い物をしてフランスの店員にも阿呆呼ばわりされているのを黙って見ているしかない立場の憲治にとって、この季節は憂鬱な季節であった。
その合間に打合せのためのストラスブールからの帰途、勝矢に出会った。
勝矢の構想
「オレは日本の大会社で働いていたがこのままでは将来が見えないと思って、思い切って退職したが、それが正解だとこちらに来てつくづく思うよ。」
「いつもM&Aの話ばかり。俺の会社は大きかったから買われる会社のことを調べて吞み込むことばかり狙っている。資本が大きいところが小さいのを恐竜のように呑み込んで大きくなる。これが進歩か、これが成長か?俺はそう思わない。大きくなって「大男総身に智恵が回りかね」だ。破裂するほど肥満膨張してまだ喰いたらん、もっともっとだァ。キリがない。巨大資本が巨大建物立ててそのうち半分は不要になる。こんな渦に巻き込まれて生きてゆきたくないと或る日決心したのだ。」
リュクサンブール公園近くの通りを少し下がったカフェバーで勝矢は一気に話し続けた。
「オレは自分の会社を立ち上げる!日本はますます貧乏になる。見てみろ。働きのわりに良い給料取ってるのは巨大企業の一部の人だ。先輩の話では、中では競争が激しく意見も通らず大変な忍耐だと。
「そのうち日本の中小企業ドンドン潰れてゆくぜ。オレが担当していた取引先の中小企業は表面はともかく中身は借金が多い。根雪のようにはびこっている。金利が低いから維持されているがこれからは高金利に向かう。金融機関自体が国債を抱かされてその国債の時価が取得価額を下回っている。特に信用金庫などはたくさん抱かされている。金融庁が信金の国債保有状況を調べ始めた。こんな状態だから、中小企業への貸付金の回収も厳しくなる。中小は、すでに10年前からゾンビになっているが、死んでいないのは緩い回収だからだ。日本は世界で最貧国になってゆく中で緩いことはもうできない。中小の破綻は大会社にも影響する。破綻に瀕した死に体の会社の後始末に出向など命じられたら最悪だァ。でも誰かが行かないかん。」
勝矢は続ける。
「そんな中小企業は同族経営ばかりだ。一族でないと上には上がれん。良い人材は定着しない。巨大企業にはエリート校出たものしか入れない。俺のような普通の人間は居場所はない。与党国会議員の半数以上は世襲だ。こんな国に改革などありえないとオレは思う。だから他国で死ぬ気でやれば閉そく状態の日本より報われると考えたのだ。起業して死ぬ気でやる!」
憲治には勝也のような背景も時代認識もなかった。彼の決意にくらべて流されたような日常に埋没しかけた自分がいた。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その2
出会い
「日本のかたですか?」ストラスブール発、パリ東駅行きのTGV(フランス高速列車)の社内で、きれいな日本語で声をかけられた憲治は一瞬戸惑った。声の主は、彼と同じ年代の男性であった。落ち着いた物腰で目には知的な穏やかさがあるが、眉と一体になって発する目の迫力は勝ち気な負けん気を示している。
「そうですが、、」と返した憲治にその男は懐かしそうに話し続けるのであった。彼の名は勝矢といい、ストラスブールのENSAS(国立高等芸術工業学校)で工業デザインを学んでいること、シテ島の近くの書店にオーダーしてあったデザイン書籍の引渡しを受けるためにパリ行きの列車に乗ったこと、デザイン学校に入学する前に日本の大手企業を思い切って退職してフランスに来たことなどを話した。
「ストラスブールは良い街ですが日本の人にはなかなか出会いません。フランス語の熟達にはその方が良いのですが、やはり生まれ育った国の言葉は気がラクになります。」
憲治はその通りだと思った。この日、憲治は打合せのため東駅でストラスブール行きの往復切符を購入したが、打合せが済んだ後、あまりにも美しいイル川のほとりで時間を使い過ぎたうえ、放射線状になっている道路に幻惑され、少し道に迷ったため、帰りの列車の発車時刻までに駅に戻れなかった。切符を再購入しなければならないところ、勝手が分からず、そう大きくない駅舎内で戸惑っていたところ、初老の上品なフランス人女性に「どうされたのですか、ここでは順番待ちのチケット自動発行機で求めてから、窓口の上の番号案内にあなたのチケット番号が掲示されたら、その指定窓口に行かれたら良いのよ」と柔らかい言葉で教えてくれた。その上、その後、ちょうど窓口で乗車券を購入中の憲治に、用事が終わって帰るその女性が「うまく行ってる?」と声をかけてくれた、その自然な親切さ、たおやかさと母国との違いを余韻のように、乗車の後、思っていたところなので、勝矢の急な日本語には驚いたのであった。
二人は東駅までの2時間を自己紹介を交えて途切れることなく話し続けた。彼等が共感したのはフランスの自由と自立の空気であった。そして継続して学び続ける姿勢であった。日本のように、目の前だけ、手っ取り早く、とは逆の、不器用な姿勢のように見えて原理原則は外さない点であった。
パリ東駅に到着後、どちらからともなくもう一度会ってお話ししよう、ということになり、リュクサンブール公園に行く坂の途中にあるカフェバーで再会を約して別れた。
資金の逼迫
実はこのころ憲治が経営する出版社は資金の逼迫の兆しが毎月ごとに顕著になり、有効な手を打たなければならない事態になっていた。逼迫の原因は憲治にはわかっていた。受注して制作するが、支払が先行し、納品後の入金条件が緩いため蓄えは減る一方であった。
弟の次郎から「アニキ、その資金繰りは間違いだ!オレとこの彫金師(シズラー)の師匠はお金に厳しく、必ず先にキャッシュを掴まない仕事は請けない。アニキのやり方ではカネに厳しいこの国では必ず行きずまる。日本では大会社、大官庁に所属していたら給料日にお下がりのようにお金が入ってくるから、カネに関しては零細事業主以外は天下泰平だが、ここはそうではない。フランス人は一人一人が徹底して個人事業主と同じ厳しさだ。大組織に属していても個人はカネにはシビアだ。
次回予告
勝矢とワインを飲みながら憲治は自分の甘さを痛感する。
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その1
ご案内
今回は概要のみお知らせします。
登場人物と背景
憲治はパリで絵本専門の小さな出版社を運営している。絵本になる画材は日本の応募者が送ってくれる。過去に、しばらくアメリカのシアトルで生活していたが、米国(白人)女性からの有色人種である自分に対しての差別の目や態度が彼のストレスになっていた。それ以前のモンタナの田舎では感じなかったのだが、、他方、米国男性は、おおらかで親切で、ナイスガイばかりであった。男女を合わせるとなんとなく気持ちのバランスが保たれていたので国替えまでは考えなかった。たまたまパリに打合せに来た時、混んだ地下鉄に足の悪いインド人の老人が乗車してきた。そのとき座席の若いフランス人男性達が競うように席を譲ろうとするのをみて、感じることがあり、その後、米国からパリに転居した。日本の両親に万一の場合、相続税がどうなるかが心配の種である。大した資産もない両親であるが、世界には相続税がない国もある中で、母国の相続税が過酷であることは周囲の人々から耳にしている。
勝矢はストラスブールのデザイン学校(ENSAS)で、日本の企業を退社して勉強中である。ストラスブール駅発、パリ東駅行きのTGV(フランス高速列車)に乗り遅れた憲治とたまたま社内で知り合った。
次郎は憲治の弟である。兄よりパリが長い。シズラー(彫金師)の工房で徒弟見習中である。
3人に共通していることは、このまま日本にいても先が描けないということであった。余裕のない生活から抜け出せる見込みなどなかった。治安もどんどん悪くなる一方である。国は世界一の借金王で通貨は安くなるばかりである。借金国なのにさらに借金を重ねて、補助金を増額し、責任ある積極財政と謳う田舎芝居には息が詰まるような感覚になってゆく。もうすでに青信号で道路を渡る子供や老人が轢逃げに遇うのが常態になっている。そう遠くないうちに夜間の一人歩きもできなくなるだろう。まともな日本語も話せない世代が増えてゆく。犯罪者は不起訴になるのが当たり前になっている。刑罰も緩いままである。
結局、敗戦国なのだ。じわじわと戦勝国に侵食されてゆくのが、これまでは隠されていただけである。これからは隠しようがなく実態があからさまに出てくるだろう。やってられん、というところである。
敗戦国の悪い教育のツケも目立ってきた。優秀なモノづくりの伝統を受け継ぐことができるのだろうか。
努力、希望、忍耐
特に資産もなく、この3つだけが、仕事を覚え、道を切り拓いて行く彼らの武器である。母国への思いと明日への不安のはざまにいる3人である。
国境を越えても税の問題が追いかけてくる。居住者・非居住者・租税条約・(相続税)非居住制限納税義務者がかかわってくる。
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その11(最終回)
資金城の復活
これまで資金城には以前の隆盛はなく、奥曲輪に資金が残るだけ(その6)で低空飛行を続けてきた。センムの死後、センムの妻も去り、浪費する人物がいなくなったこともあって大きな収益こそ得られなかったが「非常用、緊急用資金貯蔵庫」である奥曲輪に残った資金は減少することなく泰平家具製造の命綱であり続けた。
秀夫が入社し、新しい技術で試行を始めるとともに、入れ替えた税理士の方針が資金繰りに生かされてきた効果も大きい。
税理士はCASH CYCLEにこだわる。以前、銀行が勧めたような見込生産は廃止し、以下のような仕組みを秀夫に提案した。
・高付加価値 ・20%前金+受注生産 ・引渡し時、現金払い
・材料等仕入れの支払いは月末締め、翌月末支払い
この結果、売掛金の回転日数(売掛金勘定残高×計算期間の日数÷計算期間の売上高)は買掛金の回転日数(買掛金勘定残高×計算期間の日数÷計算期間の仕入高)を大きく下回り、入金の速度が出金速度の4倍速くなる。常に資金が手許にある状態であるばかりか、付加価値率が高いので利益も相当上がる。勘定足って銭足らず、ではなく勘定も合い、資金もそれ以上に溜まる仕組みである。
秀夫は大賛成し、泰平と地見の前でその構想を説明した。泰平らは安売り且つ薄口銭の今の時代に世間に受け入れられるか心配したが、結局、「やってみなはれ」の一言で実行が決まった。
復活を支えるコンセプト
大量生産、大量消費でモノを使い捨てにする時代に逆行して「あなただけの家具、何代も使える家具」を基本コンセプトにして受注に際して何回も何回もカウンセリングの時間を設けた。
その狙いは客が「本当の自分が、心のずーっと奥でどんな家具と生きてゆきたいか、その家具(どこにでもない)から語り掛けてくれるような、波長が届く家具」を制作することを大々的に打ち出した。
そのために秀夫は高専時代の先輩で渡仏してプロダクトデザインを学んできた人物に相談している。
このような準備が地域のミニコミ誌に掲載されてから徐々に来社する将来顧客が増えてきた。ポイントは、売らんかなとの姿勢がなく、秀夫と話しているだけで自分が何を求めていたのかが「自己発見」できる点であった。
行き詰まった資本主義末期社会のさなか、スキがあればウソ、偽り、なんでもありで売ろうとする同業者に囲まれ、マスメデイアに影響され、悪い教育を受けてきた年若い顧客層が秀夫のユニークな斬新さに共鳴した結果であった。
税理士は奥曲輪に残った資金を温存することなく「勝負」のために底をつくまで使い切ることを強く勧めた。「残りの資金があれば思い切りが悪くなります。退路はない、と腹を据えてください。」と秀夫を鼓舞した。しおれた野菜のような前の税理士とは全く違う。泰平も地見も、自分たちも馳せ場を駆ける戦士として参加したくなるパワーが会社から伝わってくる。
特に泰平は妻を早くに亡くし、最近、息子も亡くし、孫も行方知れずの身の上である。株式も全株を秀夫に贈与した。もはや失うものはない。これからは身を粉にして秀夫を応援したいと思っている。
そんな日が過ぎたある暑い夏の昼下がり、若夫婦が注文書にサインし2割の前金を現金で支払ってくれた。身なりから見ても流行を追わず地道で堅実な生活ぶりが見て取れた。
数日後、その友達という、引越しを予定している男性が来店し小一時間秀夫と話した後、新居用の家具一式を発注してくれた。類は友を呼ぶの例えのように派手な安売り宣伝を一切しない姿勢が風評に惑わされない層の人々を呼び込んできた。マスコミに踊らされる層とは別の人たちである。
デザインのチカラ
資金が潤沢になり奥曲輪の非常用、緊急用貯蔵額を超えて溜まってきた。たちまち張出出丸の余裕資金も充分になり、余裕で金蔵出丸のストックができるようになった。
プロダクトデザイナーが考案した家具の収納箱や小物の包装紙のパッケージデザインが好評で、包装紙を求めるために小物を買う客も出てきた。デザインがブランドを創ることが実証された。この結果、高級志向の顧客が遠方からも来店しだした。
秀夫はプロダクトデザイナーに、インテリアデザイナーの紹介を依頼した。二人のデザイナーとの話し合いで第一に家具の入れ物である空間を整え、ソコに合う家具の配置や配色などをカウンセリングしてから受注すれば家具の置かれる空間がその顧客にとって唯一最高の私的空間になる。家具に焦点を当てるのではなく、入れ物としての空間から家具を選ぶことで「唯一の空間」を創造してゆく。まさに受注生産のエッセンスである。
このような専門性を持った人たちの水平的結合は、これまでの元請け下請け親分子分の縦の支配、資本の論理とは全く別の経営運動体である。新しい動きが芽生えようとしていた。
<完>
税務と会計のキーワード
事理弁識能力 横領、横流し、内部牽制、黄金株、相続放棄、遺言書、遺留分、代襲相続、相続時精算課税、仮払金、未決算勘定、受注生産と見込生産、API、契約書、売掛金・買掛金回転日数、CYASHCYCLE
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その10
税理士との契約
税理士が出してきた下書きは細かい規定が多かったが、どの条項も考えてみれば当たり前のことが掛かれていた。泰平と地見は変更を申し入れる点は無いと思った。
特に注目したのは下記の2点であった。
1,税理士には横領や着服などの摘発義務はない。これらの行為が起きない仕組み作りには関与するが仕組み作りは経営者責任であり税理士が肩代わりするものではない。
2,税務調査で非違が判明し増差税額が生じても税理士は本税はもとより加算税、延滞税ともに負担しない。会社が負担する。
地見が調べてみれば、いずれも最新の判例を踏まえている。
戦後の教育が原因で今後多発すると思われる上記の1に関しては早急に新しい税理士にも協力してもらい、手を打たなければ、これからもっと荒んでゆく時代に事業を継続することは困難になってゆくだろう。秀夫の意見も取り入れて対策を立てることになった。
秀夫は高専の生産管理論で、材料の横流しに関しては基礎を学んでいる。ちょうど良いスタートが切れると泰平は考えた。
仮払金の整理
新しい税理士の提言通りに仮払金は整理された。センムの妻に対する貸付金とされた金額は弁護士を立てて回収の交渉を行った。
2ケ月後、弁護士から報告があり5万円だけ払うので残余は勘弁してほしいとの泰平宛ての手紙が弁護士の手でもたらされた。その手紙の字は以前の本人の筆跡とは似ても似つかない震える手で書かれた、かろうじて判読できるものであった。債権回収現場に慣れている弁護士の話では、センムの妻の体調は最悪で言語もたどたどしく、住まいも荒廃している。一人娘は何をしているか不明だが外泊が多いらしい。税理士は貸倒処理の根拠にすべく弁護士に報告書面作成を依頼することを強く泰平に勧めた。
仮払金を整理して仮決算した結果が税理士と地見から報告された。泰平家具製造販売の株価は5千円にまで下がった。
泰平は自分の相続を考えてみた
相続権はセンムの娘にゆく(代襲相続)。その娘が子供を産めば、その子が再代襲できる(民法887条3項)。センムの娘が居る限り泰平の妹の子である秀夫には相続権はない。
別の方法として遺言書で秀夫に継承を指定しても、センムの娘が遺留分を主張する道が残るため、遺産の半分はセンムの娘に行く。肝心の「泰平家具製造」の株式も少ない預金も孫娘に継承される可能性が残るのである。
少し前に泰平は「毒母は連鎖する」というタイトルの本を書店で立ち読みした。センムの妻と娘が乗り込んでくる!これはアブナイ。かって相談した相談所の税理士も相続税では被相続人の妻と娘の組み合わせが一番厄介であると言っていた。新しい税理士に同じことを尋ねると「その通りです。そのような相続人の組み合わせの場合、相続税申告を受任しない税理士もいます。」
税理士はこの機会に全株を秀夫に贈与することを勧めた。前に相続時精算課税は、秀夫が直系の卑属ではないから使えないことを知っている。
全株を数年に亘って贈与することも、よくある節税法ではあるが、今後、秀夫が経営のリーダーシップを取って大車輪の働きをすれば利益が得られ、株価も復調するのが早いと見込まれるから、この際、刷新の意味もかねて全株移行を税理士は勧めるのであった。
全株式の次世代への贈与実行
「私の代表取締役社長の立場はどうなりますか?」泰平は取引先に動揺や良からぬ噂が広まることを心配して税理士に聞いてみた。
「お役目と持株は別のものです。代表取締役社長のお役目はこれまで通りで行くことができます。一方、株式所有はこの際、アッサリと全株を移行されることが事業承継の良い契機になります。」税理士は落ち着いた声でゆっくりと回答した。泰平はなるほどと得心した。
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その9
秀夫のスタート
秀夫は持ち前のパワーで工程を頭に入れるだけでなく、機械と木工資材を組み合わせて試行を繰返しカラダで覚えようとしていた。座学だけでなく実習、実習で鍛えられた高専出身らしく何事も実地・実際・現場・現物での挑戦姿勢であった。
秀夫が機器の扱いに慣れているとはいえ、泰平もつきっきりでコツを伝えようとした。泰平にとって、その行為は大きな器に自分のこれまでの経験の塊を流し込むような快感であった。それほど秀夫の吸収力は、そう大きくはない身体でこの世のすべてを吸い取ろうとするかのような気迫があった。
これまでのブランクを取り返そうとする気持ちが秀夫の後ろ姿から泰平には感じられた。順調に来れなかったことも、飛躍のバネになりうることを泰平は教えられたような気がした。
新しい税理士の契約書
ある日の午後「こんにちわ」と素朴な挨拶をして、その税理士は泰平と地見、秀夫のいる部屋に入ってきた。一見して「田舎の若者」と分かる風情である。泰平は世間話を振ってみた。朴訥なもの言いで、多弁ではないが活舌が良く言語明瞭で聞き取りやすい。泰平は話の波長が合うように思った。
泰平は創業から最近までのストーリーを手短に話す。「メモを取らせていただいて良いですか」と断って泰平が「どうぞ」と言ってから要点をメモする。
地見は横目でどんな点をメモするか見ていた。ダラダラとメモするのではなく、小見出しを付けて要点を箇条書きしている。税理士試験の理論問題で鍛えられたんだな、と思った。
次いで地見が会社の決算書を示して仮払金勘定の説明をする。「どうしてこんなに多額になったのですか」と税理士は首を傾けながら残高が累積した経緯を聞き取った。そして「数字の由来を知りたいので宜しければ日を改めて来社しますので次のデータをご準備下さいますでしょうか」とともに「これは当方の顧問契約書の下書きです。ご覧いただいて次回にご質問などお聞かせいただけますでしょうか」とかなり分厚い書類綴りを手渡した。
地見はその下書きを見て驚いた。通常の顧問契約書は始期、期限、業務内容、負担費用が定められ最後に「問題が生じた場合は甲、乙相互に協議し解決する」との条項があるだけである。最小限を記載し背後の制定法に戻りながら紛争を解決する典型タイプと異なり、想定される場合ごとの危険負担、責任の所在、紛争解決手順まで書かれている。要するに英米法的な、その契約の外でのいかなる合意や文書も排除され、当該契約書が、当事者双方の完全な合意であることが謳われていた。此の点からもこれまでの税理士とは全く違う、悪く言えば融通の利かない、よく言えば厳格な筋が通つた姿勢が伺えた。
新しい税理士が指摘したこと
「この段階ではアウトラインしか申し上げることはできませんが、、」と前置きして直前事業年度決算書の仮払金について税理士は話した。
「一番の問題は経営者の会計・財務軽視です。その責任をどのようにこれからの会計処理で示すかです。過去数年の総勘定元帳などを拝見しないといけませんが次のグループに問題を分類できるかと思います。
・センム夫妻への貸付金
・センムへの役員死亡退職金
・センムが使った交際費
・センムの奥さんが使った金額はセンムへの役員賞与
・そして泰平社長の統制不足ないし代表者としての任務懈怠が原因の使途不明金
支払いの伝票すら残っていないのは重大な問題です。場合によっては青色取消しになり、繰越欠損金の使用も危うくなります。
このうち貸付金に関しては簡単に貸倒にはできません。センムの奥さんに催促して回収努力が必須です。
泰平はこれまでの税理士が申告書を作成する前に、このことの重大さを一度も指摘して呉れなかったことに腹が立ってきた。同じ税理士資格を持っていても「能力の差」では済ますことができないほどの違いである。前の税理士が泰平の会社に残した爪痕が深すぎた。それも放ったらかしにしてきたのは自分である。
さらにその税理士は続ける。訥々と、立て板に水を流すのとは逆の話し方であるが自信に満ちている。気に入らないなら、いつでも辞めますよとの言外の意思が読み取れる。
「本当に基本的なことなのですが、これからは役目を分担するようにしてください。例えばですが
・現預金の保管は地見さん ・支払の承認は泰平社長 ・記帳はAPI:application programming interfaceで異なるソフトを橋渡しさせて連携して半自動化します。銀行のシステムと自社の会計ソフトを連携し自動仕訳できます。結果は地見さんと私で一緒に記帳の網羅性を確認します。今のままでは地見さんひとりに負担をかけ過ぎています。
この時、それまで黙ってやり取りを聞いていた秀夫が「それってsegregation of duty のことですね」と聞くと税理士は嬉しそうに「そうです、よくご存じですね。」と言うのに応じ、秀夫は「専門学校の時に生産管理で原材料、製品の保管、製造指図書との確認、ロット進行の承認で同じことを学びました。材料と製品、半製品の横流しを防ぐためです。よくわかります。」
二人は同じ年代ゆえかテンポよく話が進む。さらに税理士は「秀夫さんはデジタルに詳しそうですね。経理もデジタル化が進みデジタルインボイスのデータ連携の時代になります。」
秀夫は更に知的好奇心を刺激されたようであった。
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その8
秀夫が泰平に話したこと
地見の友人が紹介してくれた新しい税理士のことを泰平に報告した。泰平は報告を聞いて「宜しいでしょう。経理や総務のことが分かっておられる地見さんがこの話を詰めてください。素人の私が的外れなことを話しても却って齟齬が出てはいけない。このような話の運びは初めに躓いたら後々たたる。よろしゅうお願いします。」
その後、泰平は次のような条件を付けた。
「まず、よくこれからも勉強を続けるお人かどうかを見てください。若いうちにある程度の成功体験をした人は、その後、勉強を続けない人が案外多いようです。次に、人を上から見下すお方はウチのような零細企業には合わないように思う。あなたなら私の言う意味は分かってもらえると思うけれど、表面は腰が低いようでも何かのはずみにその人物の隠れた部分が出る。上辺ではなく芯の性格を見てくださいな。上辺の要領だけが良い人は困ります。最近の日本は世相がすさんでいます。嘘をついたり、人をだますなど、悪いことを平気でする人々の世の中になってしまいました。そのくせ権威には弱く、理性的な批判精神に欠け、トクになるように要領よく立ち回る人が多すぎます。その挙句が面従腹背です。国全体が百貨店の特売場のようにトクしてエエめしようとしのぎを削っていますが、そんな文化をウチの会社に持ってこられたくないのです。そんな人に我社に関わってもらったら困るのです。これだけです。」
地見は泰平の言うことが良く分かった。センム夫婦を野放しにしておいた深い後悔があるのだろう。いろいろな入り口がある中で、困難な税理士試験を正面から突破する姿勢からは泰平の望む条件に合っているように地見には思われた。「社長、分かりました。注意深く観察します。」と返答した。
次いで泰平が秀夫との話を地見に伝える。
「いやはや上昇志向と負けん気の塊みたいな人物でした。自分が勉強したことを生かしたい。生かすためには生かす環境整備から任せてほしい、と言います。勉強したことを生かせないなら自分の存在意義はない。あの子の条件はそれ一つでした。私はその姿勢から何か新しいものが生まれてくるような気がして即、同意しました。部屋に機械工学の本がたくさんあって何語か分からないけれど外国語の教科書もありました。辞書は英英辞典しか使わないようで理由を聞いたら、日本の学者が翻訳したモノは誤訳が多いから外国語の原典で勉強する。その時に日本語を介すると余計にわかりにくいらしいです。話の流れで我社に備わる機械類の話になって、いろいろの機械が今は生産が上がらないから休んでいると話したら、それらの機械は私が治します。治していくつかのアタッチメントを付けたら自動化できると言います。それを聞いて私は心底から嬉しくなりました。先に希望が見えた気がしてきたのです。」
泰平と地見が一致した考え
こうなれば一日も早く秀夫に働き始めて欲しい。一から家具製造のことを身に付けて行って欲しい。
新しい税理士に来社してもらって会社の概況を話して、契約できるか断られるか秀夫を交えた場で意見交換することで結果を出したい。二人はこのように合意した。
地見は早速、税理士を交えた話し合いの場を設定する。その時に先方にはあからさまに会社の決算数字も開示して意見のアウトラインを聞くのが良いと考えた。
仮払金が残ったままの見てくれの悪い決算書であるが、却ってそれでよかったと地見は思った。その結果は
1,この会社に関与することは、お断りします:と言われるか
2,詳細をさらに調べたいので過去資料を拝見出来ますか:かいずれかだ。
そのことを泰平に話すと「そればよい考えです。その税理士さんのことが更に分かりますね。断られたら、その時はそのときです。」いつもの泰平らしい答えが返ってきた。
地見はそんな泰平のこだわりのなさが好きであった。
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その7
(これまでのあらすじ)
泰平家具製造販売(株)のオーナー社長 泰平(73歳)は家具職人から身を起こし昭和の好景気に乗って受注生産の家具がよく売れたこともあり多額の資金蓄積ができた。その後、銀行系のコンサルタントの提案を受け、見込生産に切り替えた。しばらくは売上規模も大きくなったがコンサルタントが勧めた銀行借入による過大設備投資が原因で見込生産量が増えすぎて、在庫が残り始めた。そんなころ泰平の息子が入社した。仕事に熱意がなく浪費家で上辺の人付き合いは良いが「利益」を獲得する力量はなかった。仕事センムというあだ名がついた。センムが結婚した女性は見栄の権化で子供はエスカレーター学院に通わせる。夫婦で「仮払金」名目で会社の資金が引き出され減ってゆく一方であり、その上、飲みすぎと美食で二人とも病気になった。泰平はセンム夫妻に会社を食い潰されてゆくような気持であった。
泰平には甥が一人いた。勉強家であったが最近亡くなった母(泰平の妹)の看病で就職試験を受ける機会を逸していた。泰平は何かと相談を派遣社員で総務経理を担当している地見行男にするようになっていた。
センムの死去
センムは心臓を患っていたため時々心不全の症状が出ていても酒好きタバコ好きは治らず肝硬変も進行していた。ある日、膵液が膵臓に逆流して膵臓壊死であっけなく亡くなった。生命保険の入金があったが、その入金額を持って妻の見栄子と娘は家を出て行った。急に入った保険金を見て、後先の判断もできない衝動的な本性が現れたようであった。感情だけで生きて、勘定を機に縁が切れた。その見栄子も乳腺外科に通う身でありながら贅沢がやめられず、眼底検査の結果、糖尿病性網膜症という眼病を併発していることが分かった。血糖値も高く硝子体手術が必要との診断であったが、治療より目先のカネを手にして浮かれてしまったようであった。目先のことしか考えない、考えられない戦後80年が生んだ消えてゆくべき人々が消えてゆく時代が来た、とカンの鋭い泰平はそのとき気づいたのだった。本音と建前を使い分けるのだけ上手で、地を這うような努力もしないで、常に楽な道を行く、他人の目を過剰に意識して見栄だけの浪費人種が退場してゆく入れ替わりの時代なのだと思った。その思いは地見も同じであったようである。
地見の提案・・顧問税理士の変更
「社長、宜しいですか、この機会に折り入って提案させていただきたいことがあります。」地見は続けて言う。「税理士さんを他のかたに替えていただけませんでしょうか。私はハケンの身なので抑えていましたが、あの先生はあれだけの金額が仮払金として出てゆくのに問題にもしない、決算の時も繰越された残高の内容を分析して改善案の一つでも出してもくれませんでした。私が昔勤務していた会社の税理士さんは仮払金勘定は決算残高に残してはならない、未決算勘定を残すことは公正妥当な会計ではないと厳しい態度でした。それが当たり前だと思います。それと私一人が資金の保管、支払決済、記帳と全て行うので、この会社には内部牽制が効いていないという危険があるのに気づかないのか、不勉強で無知なのかわかりませんが、とにかく今の先生はひどすぎます。」
「そうですか、よく言ってくれました。私はこの際、秀夫に入社してもらおうと思っています。なので、この機会に秀夫と近い年代の税理士さんを探そうと思います。そうしましょう。」
泰平は早速、秀夫に会いに行った。一方、地見は新しい税理士を探すことになった。
しかし実際に税理士の広告やインターネット情報を調べても盛られた内容に見えて判断ができなかった。以前の職場で税理士資格取得の入り口がおおむね3種あること、地見も一度は受けようと思って歯が立たなかった税理士試験に5科目合格して新規登録した税理士は令和6年25.37%*ⅰ、令和7年20.71%*ⅱで、近々20%を下回るのは確実であること、令和7年度の全税理士に占める試験合格者の割合は41.70%*ⅱにとどまると聞いたことがある。新規登録者のうち試験合格した者が五分の一を下回ろうとしていることが示すように絶滅危惧種であるうえ、秀夫の世代に近い税理士を探すことは更に困難なのが実情であった。
*ⅰ 日本税理士会連合会「税理士界」1448号 登録事務事績(6)頁
*ⅱ 日本税理士会連合会「税理士界」1460号 登録事務事績(7)頁
地見は試験に合格した税理士を探す手がかりとして地域の税理士会に問い合わせてみたが、どのようなルートで資格を取得したかは明らかにできません、との回答であった。他の資格のように統一試験で資格を取る制度ではなく多岐にわたる流入路から入ってきて同じ「税理士」を名乗るなら流入路ごとの詳細も示すのが筋道ではないか、これでは納税者サイドでは最適の税理士を探そうとしても不便極まりないと粘ったが係員の返事は変わらなかった。
地見は卒業した夜間大学の友人たちの中で税理士や経理マンをしている複数の男たちに、誰か若手がいないかを聞いて回ったところ、しばらくして該当者が見つかった。
友人によれば、その人物は税理士試験を(5科目合格で資格付与のところ)6科目も合格しているらしい。会計系統2科目と所得税、法人税、相続税に加えて実務で困るからと、さらに消費税法も受験して合格しているとのことであった。
早速、地見は泰平に報告した。
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その6
仮払金を放置してきたツケ
泰平は秀夫の話を聞いて高専の授業内容に感心した。
高専は「地獄のレポート訓練」が連続し、内容が未熟だと再提出になる。このため自己学習の習慣が嫌でも身に付き、基礎的な論理構成力、文章力が養われる。大学生の多くがまともな日本語が話せない、書けない、読めないレベルから脱出することになる。先生方の質も高く、研究者であるとともに教育者であるとの評価である。
技術者として自立できるだけでなく教育が人間の基礎を作るのが分かった。
大学が勉強の中身より大企業への就職試験の参加権を得る場になって訓練や勉学の場ではなくなってきているのと大きく違う。
最近も秀夫は犬と小米を分け合って食し、野菜売場の見切り時間に買ってきた小松菜を味噌汁に入れて毎日毎日同じ質素な食事をとりながら進路を模索している。
泰平はそんな秀夫に一層自分の事業を継いでもらいたいとの気持ちが高まるのであった。ただ泰平の認識には会社の資金城が崩壊し奥曲輪に虎の子の資金が残るだけであることの認識は薄い。
「どうしたら良いのか?」と泰平が頭を抱える日々が多くなった。相談所で耳にした「相続時精算課税制度」は2,500万円まで贈与税はかからないのでこの制度を使えば泰平家具の株式を秀夫に譲ることはたやすいと思っていたが相続税法21条の9で泰平の「直系卑属」でないとこの制度を適用できないことが分かった。甥は傍系であるから、だめなのである。
このようなことに加え贈与する泰平家具の株式の値段に問題が出た。
会社の株式評価に際して仮払金5億円、これが未精算で貸借対照表の資産の部に上がったままである。が、出したお金は戻ってこない。センムに返せと言ってもない袖は振れない。センム本人には返済という認識もない。
相談所の税理士によれば
・還って来ない金額をそのままにして株式評価することは良くない。
・貸倒処理をすると同族会社なので給与課税の認定がありうる。
・使途秘匿金か認定給与という問題にもつながる。センムは役員であるから、定期給与ではなく臨時の役員給与になり給与課税とともに法人にも課税される。この際、退職してもらって退職給与となる部分は損金算入ができる。議事録など法務的な準備も必須だ。
・利息取ってセンムへの貸付金とする道もある。金銭消費貸借契約が必要なうえ利益相反になるから、会社法上の手順も踏まなければならない
・もし貸付金であったなら財産評価基本通達185で会社の持つ資産を評価するに際しその債務者が重大な損失を受けたため回収不能になれば貸付元本から外すことができる旨の規定(評価基通205)がある。が、重大な損失は事実としては、ない。いずれにしろ、仮払金では中味の性格が曖昧なままで問題が残る。
・50万円だけを貸倒にしてセンム個人は一時所得で税金かからない細かい方法もある。いずれにしろ仮払金を貸借対照表上で処理すれば株価は激減する。
相談した税理士の意見について、色々考えて行くと結局はセンムやその嫁に好き放題させてきた自分の責任であることに気づいた。
泰平の後悔
仮払金の問題で「なんて阿呆だったんだろう。」気持ちの持って行き場がなかった。そして出てきた取るべき道は
「センムに自宅売却してその代金に加えフェラーリも処分して、代金を会社に入れてもらいましょ。センムには退職金出しても直ちにそのお金を仮払金弁済に充ててもらいましょ。」
「身の回りの金目のものも金プラショップで処分して会社に入れてもらいましょ。」
段々思いはエスカレートしてゆく。
「家族3人何処へでも行ったらよい。子供は退学や。働け。ひどい目に会わせてやる。家族3人、雨露凌ぐところと3度のごはん食べられたらよいけれど、、、むりかな~」
「それに孫も困ったもんや。朱に染まれば、、ではないがリッチエスカレーター学院行くうちに目つきも悪くなってきた。友達は年齢偽って水商売のバイトしてるのも多いらしい。エエパパ見つけておカネ貰って高級品を買うらしい。センムの娘はいいパパ捕まえてエステサロンしてお金を作りたいと公言するようになっていた。」
「あんな奴、ヒドイ目に遇って自分で立ちあがったらよろし。心臓悪いお父さんと乳腺外科に通う母を抱えて道は険しいな。」
泰平は投げやりになりかけていた。
あの晩のことを思い出した。秀夫から母親の血圧が降下し始めて危篤になったとの連絡が入った。そんな晩、急いで駆け付けたが泰平は妹の死に目に遇えなかった。部屋に入って一目で質素な生活ぶりが見て取れた。秀夫は妹の亡骸の傍で犬の背をなでながら号泣していた。犬も床に伏せたまま秀夫の傍を離れようともしなかった。泰平は葬儀一切を取り仕切った。妹への慚愧の思いがその後、途切れることはない。
<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その5
泰平が語ったこと
夕陽が隣のビルに影を落とし、その影が時間と共に長くなってゆく季節の夕方であった。街の喧噪も少なくなってゆく。しっとりとした少し湿った空気が外から忍び入ってくる。
地見は泰平家具の資金がセンム夫妻の浪費癖によって浸食されてゆくことで、この会社に見切りを付けようかと思っていた矢先、泰平社長の話を聞くことになった。
「センムはもう治らん。アレは病気と思うしかない。センムの嫁は持って生まれた強情者、その娘はリッチエスカレーター学院でドラムスメになってしまった。もう辛抱の限界にきた。地見さんにも嫌な思いや、不安な思いをさせたと思う。」
泰平はしんみりと話す。
「何が悪かったのか自分でも分からないのです。センムが中学生くらいまでは普通の子ォでした。その後は急に小遣いをもっとくれ、もっとくれ、と言い出しました。私が事業に打ち込み過ぎたからか、母親が失踪したので不憫だったこともあり、お金で埋め合わせする気持ちは確かにありました。事業にかまけて子供の気持ちを思いやることもなかったことは確かです。結局、息子には辛抱をすることを身に付けさせられないまま成人してしまいました。何でも自由に手に入る、このことが原因ではないかと思っています。」
地見は、泰平がそこまで自分を責めることはないと思ったが、口には出さなかった。戦後の教育が年々悪くなってゆくことは地見の世代のオトナは同じことを感じている。
あれは今から30年以上も前のことであつた。その頃は、日本企業がアメリカのロックフェラーセンターを買い取る話も出るほど勢いがあった。当時勤めていた会社の同僚たちと居酒屋で、今の日本の国力と勢いが30年経っても維持できるかというハナシになった時、即座に全員が「それはない、教育が悪いから120%不可能!!」との結論だった。
事実その通りになっただけである。そんな時代なのだと地見は内心で思った。
自分の死後の見取図
「市役所の法律相談で弁護士や税理士先生に実情をはなして、いろいろ聞きました。相続人はセンムだけですから、センムを相続人から廃除できたら、たった一人の私の妹が相続人になれると思っていました。が、そうではなく、その場合はセンムのドラ娘が代襲相続権を持つらしいです。センムが相続放棄したらドラ娘に相続権はありません。民法939条でセンムは初めから相続人でなかったことになりますから。私は貧乏で不遇だった妹に十分なことをしてやれなかったので、せめて相続人になってほしかったのです。それが最近、妹は亡くなりました。センムが放棄すれば妹の一人息子が代襲相続人になれると民法889条2項に定めてあることを先生方に教えてもらったのです。これを聞いて急に青空が見えた気がしました。但しセンムが放棄するかが問題です。それがされないままセンムが亡くなったら厄介です。鬼嫁とあの娘が相続人です。」
子供を偏愛する親が多い中で、地見には実子のセンムが相続権を失つたら青空が見えたような気がすると言う泰平社長の気持ちは直ぐには理解できなかったが、事業をする人間ゆえの冷徹な心なのか、持って生まれた肉親への淡白さゆえなのか、ずっと勤め人でやってきた自分にはないものを感じていた。
地見も法律を学んでいたから泰平の描く構想は分かったので、こう応じた。
「しかし社長、放棄はなかなか難しいのではないでしょうか、、、」
「そのことも聞いています。地見さん、それでね、
世には(後に続く相続人のために)相続税を減らそうとする者は多いが、泰平にはそのような気持はカケラもなかった。
「遺留分がありますよ。」「その時はその時や、死んだ後のこと考えてたらキリない。違いますか地見さん、、」
聞けば秀夫よく勉強ができたそうである。先を見る眼もあるのか、日本の大学は今やレジャーランドで勉強する場ではないと判断して学費も安い国立高専に進んだ。高専の先輩で5年の課程を終わってから修了コース2年勉強して米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)大学院に進んだ人もいるらしい。「先が読める子ォや。しかし妹も家族の縁が薄く、秀夫は一人になった。家に犬がいて一緒に食べ物を分け合って暮らしている。この犬がよく出来たイヌで、秀夫が思い通りにならないで、いらだった時など「世の中思う通りにならないものですぜ。もっと不幸な人も多いですョ。辛抱してください、と言う顔で耳を後ろに動かして、尻尾を立て、両手を前にもってきて諭すらしい。」
妹の看病で秀夫は就職試験を受けられなかった。泰平は認知症発症の診断が出る前に秀夫に自分が所有する泰平家具の全株を贈与しようと思っていることも地見に打ち明けた。
<短編物語>第9話 資金城 盛衰記 その4
内部牽制の不在
資金が急速になくなってゆくので地見は泰平社長と相談して銀行から運転資金を借入れた。(設備資金の借入と異なり)運転資金の借入は、家計に例えると給与だけでは足らないのでサラ金で借金して生計を立てる状態に似ている。それでも泰平社長は気にならない様子であった。
さらに社運は傾き、センムは大酒とグルメが原因で糖尿病と肝硬変から腎臓に障害が生じ、心臓にも影響が出るようになり、カラ元気さえもなくなった。見栄子は乳腺外科に通っている。リッチエスカレーター学院では小学生でもイタリアのブランド物を身に付けている。質素な服装ではすさまじいイジメの標的になる。見栄子は治療費と娘のブランド物の購入のため湯水のように仮払金を求めて経理の地見に凄む。「アンタ!わかってるか!生きてゆけるのはこの会社に居れるからやで、、逆らったら怖いで、、直ぐお金出してや!」
地見行男は60歳で勤務先を定年になってから派遣会社に登録して経理人材不足の中小零細企業で仕事をしてきた。経理現場の実務経験は長い。甘い境遇が人間の狡さと見栄を引き出すのとは真逆に、彼は働きながら公立の夜間大学で法律を学んでいる。その大学の夜間部は5年制であり良く勉強する学生が多かった。仕事を終えてからの勉学でも知識が溶けるようにカラダに入ってきた。学ぶことが明日の元気の素になった。そのため学んだ内容はしっかり身に付いて彼の会社員人生を支えた。会社法の計算規定と経済刑法に詳しい。センムや見栄子、その子のような「おいしい、かわいい、めちゃ、ムズイ、キモイ」くらいの言葉しか話せない世代と異なり正確できれいな日本語を話せるし、書くこともできる。
これまでも何社も勤務してきたが役職者に経営の才がなければ学んだことは役立てようもなかった。そんななか泰平社長は理解があり地見はやりがいがあった。
社長から相談があれば持株制度や配当政策を始めM&A防止のための黄金株の発行なども考え、火の車になった財政を治したかったが、センムが入社してから泰平社長は経営意欲をなくしたように見えた。
現在は会社実印、銀行印を地見が管理している。資金の保管、経理記録、支払いの承認も彼一人が行っている。保管、記録、承認は少なくとも2人、できたら3人以上で分担するのが内部牽制の常道であるが社内のだれもがこの点については無知であり、無関心であった。
新聞紙上では経理係の売上金の横領、資金や在庫の横流し、経費の水増しがたびたび報じられている。これが零細企業の実情とはいえ問題が起きて一番に疑いの目を向けられるのが自分であることを考えると背筋が寒くなる。経営者の配慮が必要であるが社長が無関心であるだけでなくセンム夫妻は仮払金の支払いを激しく求めてくる。資金城はゾンビになろうとしていた。
ゾンビに群がるハイエナ
売上の低迷で資金は出る方が多いので本丸、固定丸とも資金は底をついた。金蔵出丸と張出出丸もセンム夫妻の仮払請求で湯水のように資金が出て行き残高は殆どない。奥曲輪に残が減るばかりである。預金勘定の減少を知った銀行の若い担当者は運転資金の追加融資を勧める。「私はこの支店に配属されて融資実績がまだありませんので何とかご協力をお願いします。」と会社の実態を見ようともせず自己の成績のため、3年の約定弁済を勧めた。今どきの利息は安くはない。「そうですか。では宜しゅうお願いしますヮ」とセンムが簡単に応じる。地見は「バカな大将、敵よりコワイだな、、」と独り言をつぶやいた。
こんな時、センム夫妻は何処で知り合ったか証券会社のセールスマンを会社に呼び投資信託の契約をした。同じころに別の銀行と外貨積立預金と生命保険の契約をしてしまった。生命保険には医療保険が備わっているから渡りに船と勧められたようである。会社の試算表の「仮払金」は5億円になった。精算されないため税務署から給与として認定課税される恐れもある。サイアク使途秘匿金課税の恐れも否定できず、そうなれば追徴課税と加算税の額は半端ではない。
さらにセンムの娘が通うリッチエスカレーター学院からはベルサイユ宮殿をモデルにした新校舎建設の寄付金要請に加え、新体操部が全国大会に出るとかで寄付金を求めてくる。学校も商売である。父兄が寄付した金額はホームページで公表されるから親どもは多額の寄付を競い合う。
ハイエナの群れにエエ格好をするあまり資金城の落城は時間の問題になって来た。
或る月末、とうとう投資信託と外貨預金の引落額、生命保険の掛金の引落が残高不足のためできなかった。見栄子は地見に「アンタが頼りないからヤ、恥ずかしい思いさせんといて、、」と激怒する。センムは「こんど銀行のゴルフコンペに行くのにバツ悪いヮ。せっかくフェラーリで乗り付けて良いとこ見せようと思っていたのに、、コンペの参加はヤメタ~」と地見に聞こえよがしに嫌味を言う。コンペの組み合わせなども決まっている時期なのに、自分の体面と感情だけでしか物事を見ることができない。相手の立場は目に入らない。地見は何をかいわんや、の気持であった。
派遣の地見には退職金はない。週末の夕方、来週から出社しないでおこうか、と考えていた。その時、泰平社長が地見のデスクに近づいてきた。
「地見さん、お疲れ様。私どうも認知症のケがあるらしいですヮ、へへへ。なので折り入って話があります。今よろしいですか?」
次回予告
泰平は先を見ていた。自分に事理弁識能力があるうちにセンムを廃嫡することを考えて専門家と相談していること、まだ認知症の診断はされていないが、少しづつ進みつつあること、不遇で亡くなった妹に男の子がいること。彼は国立高等専門学校の機械工学科を卒業したばかりだが母親の看病で就職の機会を逸したこと、身寄りなく古い家で犬と暮らしていることなどを話すのであった。
<短編物語>第9話 資金城 盛衰記 その3
資金に色は付いていないが
資金城主の昔語り・・初めての銀行借入
「まだ泰平社長の息子さんが学校行ってる時代であった。初めて設備投資のために銀行借入して受注生産から見込み生産に乗り出した。」
住宅建設が進み、マンションもドンドン郊外に建てられたころで銀行借入の返済も余裕でできた。
ここで社長はカネの色に気づかなかったけれど、私には見えた。
どういうことかというと
材料仕入れから工程に投入され仕掛品、半製品を経て製品になって売れてゆく。そしてその売上代金が利益の分だけ一回り大きくなって会社に戻ってくる。そしてまた材料仕入れに出てゆく。このような循環で鍛えられた資金と、全く違う資金が入ってきた。それは循環することなくイキナリ銀行から会社に入ってきた資金だった。臭いが違った。ビジネスのプロセス(資本の再生産過程)で練られた資金だけがもつ人の手を経た臭いと違う。同じ色合いの資金同士は協力的だが違う色、臭いの資金は本丸で一緒に居てもしっくりしない。直ぐ銀行から来た資金は設備の購入に使われ、資金城から出て行った。
色、においが異なる資金の同居は居心地も悪かった。城の兵士で例えると循環した資金は、よく訓練された兵士だが、銀行から来た資金は傭兵のようだった。経験を積み苦労を乗り越えた資金と経験不足の、言い方替えればボンボン資金だ。仲たがいが起こらなければ良いが、と思った。
仕事センム登場
泰平社長の子供とは言っても似ても似つかないかただ。工員と話もしない。作業の工程を覚えることもしない。古い職人は教えようとしたがセンムが聞く耳を持たないから、そのうち現場仕事を誰も教えなくなった。仕方なく泰平社長は経理の仕事に就かせた。しかし計算もムチャクチャ。この頃は生産量も多くなっていたので数字も当然大きくなる。しかし月次の絞めができないから会社の状態が見えない。泰平社長は派遣会社に依頼して経理担当として地見行男さんに来てもらった。
センムは社内でする仕事がなくなった。社長はセンムを営業に出し、ルートが出来ているお得意先を回って注文を取ることを任せた。別の言い方をすれば新規を獲得する馬力は期待出来ないということだった。案の定、専務という名刺を持って商談に臨んだが商品知識のなさを見抜かれ受注はできなかった。
しかし給料だけはセンムらしく貰っていた。社内のだれも何も言わなかったが不満のタネになっていた。そのセンムが見栄子という女性と結婚した。キツイ性格が顏の相に出ている。眼と眉毛の間が険しい。そのうえ頬骨が突き出し、両あごが張出し、両肩が怒っている。三権面の凶相である。派手な結婚式だったが社内は白けたムードであった。泰平社長がそんな社内のムードに気かつかなかったのも不思議だった。
センムは若手経営者の会に入ってから経理係りの地見さんに、しばしば交際費を要求するようになったばかりか、それ以外の臨時の支払いをも要求しだした。
「地見さん、こんどクルマ買うので600万円ほど用意してくださいよ。若手経営者会の仲間に聞いたら仮払金という便利なものがあるらしい。オレの個人口座に600万円資金移動してくれよ。」
妻の見栄子も仮払いをねだるようになってきた。使途不明の資金を100万円単位で引き出してゆく。自分の身を飾る化粧品や服を買うためである。
営業成績は伸びないから月次の支払いをしたら本丸と固定丸の残高はゼロに近くなった。それでも、これまでの蓄積は金蔵出丸と張出出丸に加え奥曲輪にも資金が備蓄されていた。センムは格好をつけて高値でも材料を仕入れるので次月支払用の資金を貯める金蔵出丸の残高が減少を続け半年もしないうちに金蔵出丸の残高はゼロに近づいた。そこへ見栄子からの不規則な支払い要求があるため余裕資金の砦である張出出丸も残高が減少しだした。
センムと見栄子の間にできた女の子をリッチエスカレーター学院小学校に入学させると言って入学金を見栄子が仮払金として支出して欲しいと要求してきた。
地見は「若奥さん、これまでも仮払金としていろいろ出してきました。仮払金は字通り仮に支払うものですからどう使ったかを示す精算が必要です。その精算もできていません。そのうえお子様の入学金は家計からお出しになるのが普通と思いますが、、」と遠慮がちに切り出した。
「家計から出せェ?!あんたいつからそんなにエラなったんや。つべこべ言わんとおカネ出したらええんや。さあ直ぐ出してんか、、早う。今日中に学院の会計課に持って行かないかんのや。ぐずぐずしてたらシバキ上げるでェ」
その翌日であった。「地見さんオレ今度フェラーリに乗り換えるので1600万円ほど仮払いで出してくれへんか。若手経営者会のGOLFコンペでゴルフ場に乗り付けるクルマはみんな最低でベンツで、マセラッテイかポルシェでマアマアや。この前買ったカンムリという国産車では軽う見られる。フェラーリくらいでないと仲間外れになる、、、直ぐカネ出してや、、」
これで張出出丸も残高が激減してゆく。
次回予告
資金の備蓄がなくなってゆくので地道は泰平社長と相談して銀行から運転資金を借入れた。設備資金の借入ではなく運転資金の借入は、家計で言えば給与だけでは足らないのでサラ金で借金しなくてはならない状態に似ている。それでも泰平社長は気にならない様子であった。
やがて、センムは大酒とグルメが原因で糖尿病と肝硬変に罹り循環多臓器疾患から心不全になった。見栄子は携帯電話をブラジャーの右の位置に入れていた習慣が原因で乳がんになった。医療保険の備えもない。リッチエスカレーター学院では小学生でもイタリアのブランド物を身に付けている。質素な服装ではすさまじいイジメの標的になる。見栄子は治療費と娘のブランド物の購入のため湯水のように仮払金を求めて経理の地見に凄む。地見は精神的にオカシクなりそうだった。
<短編物語>第9話 資金城 盛衰記 その2
資金城 城主の危機感
「ドンドン資金が減ってゆく、、、このままではいずれ落城だ。資金が減る原因の<犯人捜し>をしなくては、、、民主主義だの人権だのというが、城の資金が減るとは自然現象ではない。人災だ。」
資金城主は毎日毎日足もとが崩れてゆくような気分であった。彼は原因を探すために、これまでを振り返ってみた。
泰平家具製造販売の時代 規模も小さく泰平社長の職人としての腕がウリで、そのころは設備も最小限しかなかったので見込み生産の余力はなく、注文を受けてから制作を始めるしか道はなかった。泰平社長の腕が良かったこともあり、手作りなので高い値段でも注文が連続し、高付加価値経営が続いた。資金蓄積時代であった。
そのころ銀行が融資をしつこく勧めた。資金が溜まる一方なので銀行融資はいらないのに借入金がドーンと資金城に振込まれた。使う当てもないから資金をそのままにしていたら銀行紹介のコンサルタントが設備投資して見込み生産に切り替えることを提案してきた。
「城主である私は金融機関やコンサルタントは資金というナマミの実体をもてあそぶ人たちだとの偏見から警戒していた。」
泰平社長はその話に乗った。従業員も増やした。はじめは、作れば売れる、売ればもうかる時期であった。
資金も更に溜まった。カネがカネを呼ぶように資金城の本丸には資金があふれ、資金の置き場として張出出丸に余剰資金をたくわえた。
「ここからが社長のエライところだ!」普通の人間なら現金を手にして赤い灯・青い灯のネオン街に繰り出すところ、そんな浮かれた動きはされなかったナ。」
社長は本丸に資金が多く入ってくると気が緩むと自らを律し、売上金の中には原材料の支払いに充てる部分を分けて置くことで、必要以上の不要な購入に走ることを戒められた。そこで余剰資金の入る張出出丸というのを作られた。相撲が好きな社長らしく、正横綱、張出横綱の張出という名前だ。予備という意味だ。
別に、売上金と支払い資金を混同させないように支払い資金専用の固定丸を設けて本丸の余剰資金の中から支払いに充てる金額をソコに移動された。これも良い考えだと思った。
それからは、その月の支払い相当額だけ本丸から固定丸に移動していたが、それでも本丸には資金があふれた。売上が好調だったんだ。そこで翌月以降の少し先の支払い資金の貯蔵場所として固定丸とは別に金蔵出丸を設けた。
「当面の支払いは固定丸に、その先の支払いは金蔵出丸にと同じ支払いでも目の前と、さらに先の支払いを区別されたのだ。もし或る月の売上げがゼロになってサイアク固定出丸がカラになっても金蔵出丸に資金がある限り取引先に迷惑をかけないで済む。これが泰平社長の考え方だ!実に堅実だと思った。自分よりも事業を取り巻く取引先を大事にされる。別に大学で経営学とやらを学んだのではなく泰平社長の独創だ。経営学のセンセ~はこんなこと教えないよな、、」
次回予告
「息子さんが大きくなっていきなり専務として入社してから変わってきた。規模のみ拡大、他人社員が辞めてゆく。二代目経営者の会に入り外車を乗り回し派手好きの上、結婚した嫁がさらに見栄っ張り、名前も見栄子さんだ。資金がドンドン出てゆく。売上を追うあまり利益率が下がり、運転資金の借入(以前は設備資金こそ銀行借入だが運転資金は困らなかった)。マアこんな筋書きだ。」