冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第7話 サスペンデッドセンテンス その8
これまでのあらすじ
貿易商社に勤める泰彦は会社の経営内容が良くないことを知った。日々の生活が物価高で窮屈になってきている。将来の絵図も描けない原因を知ろうとしていた。大不況が予測される日本経済の先行きも怪しいと感じた彼は執行猶予(suspended sentence)と考えるこの時期に現状から脱出するきっかけを得るため事業家セミナーに参加した。そこで会社の上司や同僚と全く違うタイプの人々と知りあう。覚悟を固めた彼は上司があきれるのを横目に退社し、手持ち金を基に輸入業を始めた。知り合った税理士と事業のキャッシュフローをチェックしつつ、輸入商材のルーチンを軌道に乗せたが、海外取引先から日本の商品へのニーズが多いことに気がついた泰彦は輸出にも乗り出す。税理士から輸出消費税の仕組みを学んだ彼はそこに不況の原因があることに気づく。
今出川七本松~上野忍岡・湯島
国債過剰発行に由来する低金利が原因で円安が続くなか泰彦の円建て預金は目減りする一方であった。外貨預金は円安の風を受けて堅調である。
先日の税理士との試算で輸出すれば仕入れ価格に上乗せされた消費税が還付されることと、円安で為替差益分が値増しされ二重に利益を得られる構造が理解できるとともに、このことは日本の国を安売りして得られた利益であることに気がついた。
たまたまTVで、ふんぞり返って人を小馬鹿にした態度の有名な御用学者が、消費税率は10%どころか20%にしなければ財政がもたないと発言するのを聞いて、泰彦は、輸出入の実務も知らず、現場での消費税をめぐる駆け引きも消費税の支払いの苦労もしていない人物がよく言うョ、この世間知らずが、と吐き捨てるとともに不況を引き起こす本当の犯人を知った気がした。学問を衒う「衒学」という言葉はこんな人物を指すのだろう。平素は象牙の塔の中で学生というコドモを相手にし、外へ出てきたときは尊大にふるまう虚勢がカオからにじみ出ていた。
輸出巨大企業が巨額の消費税還付金を手にする一方、物価高のもと円預金が価値を失ってゆく先に起こる矛盾が更なる矛盾を生むことは容易に見通せる。ここまで国の財政が悪化したら一介の庶民である泰彦は智恵と知識を総動員して資金を運用し付加価値を得て事業の質を高めないと生存できないと思った。
海外のバイヤーが和装小物のなかでも希少品を高値で仕入れる傾向が顕著になって来たので泰彦は卸商を介さないで直接買付に切り換えることで付加価値を上げようと行動に出た。
和製小物の本場、京都に行き西陣の織元や上七軒の店舗に当たるうちに、値段の高いモノばかりを仕入れる泰彦のやりかたに売り先は注目しだした。厳しい値交渉の繰返しから西陣と上七軒の中間の七本松通りにある店が良い品ぞろえをしていることが分かった。
京都の商談が終わって世間話になった時、東京にも同じような店があると聞いた泰彦は、湯島、御徒町から浅草橋界隈まで見て回ったが彼の感性に合う店には巡り会わなかった。たまたま通りかかった無縁坂に近い場所に一軒だけ見つかった。店のご主人は江戸っ子らしいはっきりしたもの言いで、ハッキリものをいう泰彦とは波長が合うようであった。