冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第8話 いとをかし・・M&A その7
シーン7 下京区 天使突抜3丁目五条下る 主任の自宅玄関
その後、シンプル興産(株)は、銀行借入金を単野の自宅(伏見・毛利長門東町)を売却して完済したうえで会社を清算する方向に進んでいる。この先、主任が個人事業として引継いで行く話し合いを単野と主任の間で行なったが主任の奥さんが理解を示さない。そこで単野は主任の自宅を訪れて烈代という名の主任の妻と面談することにした。あらかじめ経過を聞いた正井は悪い予感がしたので気乗りがしなかったが単野のたっての願いでもあり同席する。
天使突抜は下京区の南北を貫く通りの名前である。この界隈は、昔からの住宅と小商店に加え最近増えた町家改造の宿屋が点在している静かな地域である。
「この人誰やのん?」
「会社の税理士先生や」「なにー、センセーやて!ワタシセンセー云う名の人嫌いやねん!昔センコウにいじめられた。トラウマになっているんや!、アンタ何しに来た」
単野社長の横に見慣れぬ正井がいるのを見て玄関先で烈代が正井に言う。夫である主任が説明するがイキナリあからさまな拒否反応である。
烈代が続ける「税理士もイヤヤ、、その昔アタシの父ちゃんが商売してて税理士に嫌な思いいっぱいさせられた、、税理士と聞いてそれ思い出したヮ。気分悪う~」
主任は烈代に聞く「お父さんが税理士に嫌な思いさせられたハナシはオマエから前にも聞いたが、何が気に障ったんや?」「その税理士先生は大学院で勉強して資格取らはったらしいけど、自分は大学院で高等な学問を奥深くまで勉強したと口癖のように自慢するだけでなく、お父ちゃんを無学な小商売人と見下げた言い方をして、横で聞くのも嫌やった、、(正井を指さして)この先生も大学院でムツカシイ勉強しいはったんか?学の有るのをひけらかすヒト嫌やねん、ウチ、、この人、センコウとゼイリシ両方入ってる人やろ身の毛がよだつヮ、、帰ってんか!!」
正井は正直な人だと思った。これまでの経験からこのタイプの人は却って応対しやすい。逆に心の裡(ひだ)に本心を留保しつつ自分は物陰に隠れて相手を盗み見て推し量ろうとするタイプのほうがやりにくい。このままでは話もできないので相手の理解のため正井は税理士資格の説明をする必要があると思った。
「奥さん」と口を開くとイキナリ「なんや~」烈代の顔を見ると目は逆三角に吊り上がっている。生まれ持っての烈しい気性のようである。仮に、この女性と二人きりで喫茶店にいるとしたら5分が限界だナと思いながらゆっくり穏やかな声で話す。
正井は「税理士にになる入り口は大きく分けて三つあります。大学院出た人が三分の一、税務署に勤めていた人が三分の一、試験に合格した人が三分の一です。実際はもう少し細かいのですが大体はこういう区分です。私の知る限りでは大学院出た人も親切で優秀です。どの入り口から入った人も親切でキッチリしています。ただ性格のことなので個人差があります。みんながみんな税理士は奥さんが嫌な思いをされた人と同じではないと思いますよ。」
「私が嫌や思ったアノ税理士は指導教授がエライ人言うてはりました。わてらそんなこと知りませんがな、、そうですやろ?」正井は無言を続ける。銘記している諺のsilence has control power が効いてくるのを待つ。
案の定、烈代が口を開く「ワカッタ、あの先生の指導教授が悪いんや、偉そうな税理士を作ったんや、そうや、きっとそうや~ 教授いうてもアタシの嫌いな女子高の時のセンコウと同じたぐいや。納得したヮ」「言うだけ言うたら少し落ち着いたヮ。どうぞ、あがりよし、さあドウゾ、ドウゾ。」と烈代は促す。
正井の横の単野社長はまるで演劇を見るようにキョトンとしている。
玄関横の座敷に座ったら烈代がコブ茶を淹れてくれた。やけに塩気がきつい。
正井はちょうどよい頃合いだと判断し、改まって名刺を烈代に出す。名刺を見て「正井 融先生ね、四角四面でなく融通ききそうなお名前で安心しましたヮ」
烈代は言う「わての言うことを遮らないで黙って聞いてくれはったからこの税理士先生エエセンセやわあ。もしハナシ聞かんと説教しだしたらタダでは置かんかった。この町内でアタシと口喧嘩して誰一人ワテに勝った人おらんからな。」
そのあと烈代は自分の父親が商売で苦労したので旦那がサラリーマンで給料もらうのが良かったが、どうして会社を畳むのかが理解できないようであった。
「社長はんが自分で作った借金返すのに自分の家を売ったお金でその借金返すのアタリマエちゃうの。」会社潰さなイカン理由が分からないと繰り返す。
正井が説明する。「社長が自宅売って、お金作って銀行に返したことは社長が会社に立替え払いしたことになります。立替えたのだから会社に立替えた分を返せと請求できるのが普通ですが、会社には社長からの請求を返せるお金はないのです。お金が無いから、このままではご主人のお給料も払えません。だから一旦閉じて清算し、残った機械をご主人や副主任に譲って再出発するのです。」
正井は、機械は主任・副主任への現物での退職金として譲ることも話した。初めは機械なんかいらん、お金くれ、と女性らしく言い張ったが、主任が機械なかったら仕事ができない、そうなればこの歳で就職探さないかん、それは今どき難しいと言ったので、烈代は納得し、主任が個人で断裁業をしてゆくことに同意した。頭の切替が早いようで、これからも夫を支えてゆくことを明言した。
「さあーこれから酒盛りでっせ」いつの間に準備したのかテーブルにはタコ焼き、豚の角煮、湯葉、キムチラーメン、しば漬けなど、ちぐはぐな料理が並ぶ。そういえば近所にはこれらを仕出す店が何軒かあった。オーダーして取寄せておいたらしい。主任がそれを奥さんに指示していたのなら、この男、なかなか奥が深いと正井は思った。
帰りがけに烈代は単野に「社長はん、ここから堀川を西へ渡って花屋町通りから島原の大門(おおもん)越えてすぐ、輪違屋さんの筋向うに『新選組ゆかりの湯』いうエエお風呂屋さんがありまっさかい入って行かれたらよろし、先生もどうぞ。」と言ってくれた。