Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第8話 いとをかし・・M&A その5

シーン5 シンプル興産(株)本社工場応接室

 M&A相手方から会合の場所を京洛ホテルの会議室でと申し入れがあった。正井は単野にその必要はないこと。相手の指定する場所へノコノコ出かけてゆくことは言いなりになる入口であること。操業中の貴社の日常を示すことが駆け引きのうえでチカラになること、次いで単野がする質問のシナリオを示した。最後に会話をスマホで録音することを付け加えた。

 正井は言う「先方は急いでいます。相手は借金でこちら以上に逼迫しています。すべて相手の逆で行きますしょう。」

「逆と言いますと、、、」
「相手の狙いは全株式を取得して銀行預金残高を引き出し最新鋭機械を持ち出すことを実行するように見えます。このことはこれまでお話ししました。」

「逆のことをしようとすれば言い合いになりませんか、私はこれが嫌なのです。口下手だし、、」

「今日相手にお会いになるのはどんな話か確かめて単野さんの腹をきめるためですね。そうでしょ。だから言い合いはする必要はありません。質問し、先方の答えをただ聞かれたらよろしい。質問は二つだけです。
 1・横島商事さんの決算書拝見させていただけますか。
 2・シンプル興産の銀行借入金の返済はいつから始められる予定ですか。

 1に関しては先方は応じないと思います。相手は、その時に言い訳のために余分なことを口にすると思います。その余分なことをよく聞くことです。そこにヒントがあるかも。
2ですが、もし具体的な返済財源まで示されるとその裏を取る必要があります。突っ込んで聞きましょう。例えば資金提供者があるとかです。その会社名も所在地も聞き出します。架空の話かもしれませんからね。もう一つ重要なことは先方が借金は引受けましよう、と快諾する場合があります。これは併存的債務引受の意味です。併存ですから文字通り単野さん側の借入金は残ったままです。貴社は免責されません。債権者である銀行は債務者が増えるのでNOとは言いません。」

 次は、相手から質問が来るでしょう。
・シンプル興産の株券は何処にありますか?と。貴社は既に定款変更して株券不発行会社になっています。ですから株券などありませんョとスマシて答えたらよろし。
・借入金はどのくらいありますか?この質問には待ってましたとばかり4億円ありますとカマシましょう。ついでにウチの最新鋭の機械ご覧になりますかと誘ってください。工場に入れば主任以下皆さんが仕事されておられる活気が見られます。これがこちらのパワーになります。しおれて下を向いていないことを示します。

 最後に口にしましょう。
・M&A契約書に借入金の肩代わりすることと連帯保証を外すことを記載していただきたい。
・ご希望の150万円を当社の企業価値EVまで引き上げた金額にしていただきたい。

そこまでが社長がされることです。その後の補足説明は私が致します。

「EVと口にするからには中味を頭に入れておきたいです。」単野は、やりとりのシミュレーションで全体が見えてきたようで、やる気を出してきた。

 株式時価総額+有利子借入金ー現預金=EVであるからシンプル興産にあてはめると株価はゼロで銀行借入金2億円ー5千万円=1億5千万円が企業価値EVであると説明した。

 単野は「銀行借入で最新機械を購入したからEV1億5千万円には我社の新鋭機械も含まれているのですね、得心しました。」と言う。会計や税務の数字は嫌いであると言うが長年にわたり工場経営をしてきただけあって要点の把握は早い。借金まみれではあるが従業員が主任以下働いている現場に気がついてから単野の表情には活力が戻ってきたようであった。

 正井はこれで良し、と思った。

シーン6 綾茂と横島が入室して話し合いが始まる。

 綾茂コンサルタンツの綾田茂夫は中肉中背の敏捷な身のこなしをするが目線は一定しないで事務所内や会社内をせわしなく泳いでいる。横島商事(株)社長の横島貫治はでっぷりと腹が突き出た巨漢である。目もとは殆ど閉じられたかのような半眼であった。

 挨拶と名刺交換の後、早速話が始まった。筋書き通り単野が横島に決算書を見せていただきたいと申し入れたが横島の答えがふるっていた。
 「決算書~?こっちは買手です。おカネ出す方です。おカネ出す方が自社の決算書見せる必要はありませ~んね。カボチャ買う時にどんなカボチャかよく見ますが買手の財務は関係ないのではないですか。ゼニ払うのこっちですから。それより御社の株券は何処にありますか?」横島は会議室の隅の金庫を視野に入れながら尋ねる。
 「ウチは前から株券不発行ですねん。」
 「あそこの金庫に入っているのではないですか。それとキャッシュも金庫の中ですか。」横島はしつこく聞く。単野は黙ったままである。正井は単野の落ち着きに感心した。自分が生み出した会社にいるからこその落ち着きだと思った。相手側の提案するホテルの会議室にしないで良かったと思った。しばらく気まずい沈黙が続く。下手に口を開いたほうが揚げ足を取られるか尻尾を捕まれるかだ。

 いたたまれなくなったのか腰の軽い綾田が聞く「借入金の総額を示すものがありますか?」単野は正井税理士が用意しておいた「借入金及び支払利息の内訳書」を提示した。そこには銀行借入金2億円、その他借入金2億円と掲記されていた。

 綾田と横島はその金額を見て顔を見合わせる。正井は横島の横顔が見える位置に座っていたので彼の失望の表情を見逃さなかった。

 丁度良いタイミングで単野が質問する。「この借入金4億円はいつから返済されるご予定ですか。」横島は当惑した表情のままである。綾田は「うーん」と会議室の天井を見上げたままである。

 ここがグッドタイミングと思った正井はあらかじめ申し合わせていた脚を組み替えるサインを単野に送った。
 サインを見た単野は早速「二つ申し上げたいです。一つはお申し出の買取価格150万円では応じることはできません。他ひとつは契約文書に借入金の肩代わりをすること、個人保証を外すことを銘記していただきたい。以上です。」

 横島社長が「では一体いくらをご希望ですか?」と問う。
単野「1億5千万円です。」

 それを聞いた横島と綾田は顔を見合わせている。
単野が追い打ちをかける。「1億5千万円になる根拠は正井先生からご説明していただきます。」