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木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第8話 いとをかし・・M&A 第2話

シーン1 伏見 毛利長門東町 単野邸 応接間

シンプル興産という屋号で紙の断裁工場を経営してきた単野純男の事業は電子データ時代に入ってから紙の使用量が減少した影響で、急速に業容が悪化していた。     

横大路の本社工場のほかに鳥羽と久世橋にあった第2工場と第3工場は処分したが2億円の銀行借入金は減少しない。後継者がいないこともあり単野は急速に経営意欲をなくしていた。知り合いからM&A仲介会社を紹介されたあと、会社を売ろうとの気持に傾いている。顧問の正井税理士を自宅に呼びM&Aの話をしようとしている。

「正井先生、こっちからお訪ねするのが筋なのにご足労掛けすんません。最近億劫になってしもうて。」

「いいえ構いませんよ。さすがこの辺は立派なお邸が多いですね。福島太夫町の段差を越えたら見事な景観ですね。伏見税務署の路線価が高いのも分かります。」

「この辺りは伏見城の大名屋敷があったところですので由緒のある町名が残っています。私も出版全盛期には仕事が殺到して馬車馬みたいに働きました。そのご褒美にと思ってこの家を手に入れましたが少し広すぎて、、その上、銀行の抵当がついています。社長として個人保証の書類にも実印ついています。」

「もうすぐ宮川町の京おどりが始まりますが今でも時々はあちらへ行かれますか?」

「昔はそれが活力になりました。今はとても、とても。それより先行きが見通せないので、日本を脱出したいですわ。」

「脱出されて何処へ、、、」

「あるときTVで見たのですがアメリカのモンタナ州ちゅうところは日本と同じ面積でありながら人口は80万人しかいないらしい、草原が続いてその先に地平線が見えるとか。私は、人にもこの国にも疲れました。脱出したい気分ですヮ。」

単野の身の回りの概要と心境を聞き出した正井は早速本題に切り込んだ。M&A紹介会社の出す内容を質問した。単野は自分で自分の言葉を確かめるように話す。

「こっちの希望はできるだけ早く銀行借入と個人保証から逃れたい。自宅の抵当権も抜いてほしい。長年頑張ったから退職金はできるだけたくさん欲しい。借金を肩代わりしてくれるなら会社の売値はなんぼでもよい、と言いました。

正井は聞く「会社を売ると言われますが具体的には売り物は何ですか?」

「何のことですか?」と単野。

株式を売られるのか、会社の事業を事業譲渡として売られるのか吸収合併されて見返りに合併した会社の株式を受取られるとかです。

「そんなムツカシイこと分かりません。わては借金無くなって退職金をもらえたらそれでよろしいんや。」

「仲介会社から説明資料が出ていませんか。それを拝見させてください。」と応じた。

株式譲渡、事業譲渡、は合併とは異なり対価のキャッシュが手に入るが、前者は単野に、後者は会社の会計に入ることの違いなどを説明しなければと思ったが提案書を読まなければマトハズレになる。

「説明資料は会社にあります。コピー取って先生の事務所に送りますわ。

正井は十分な裏付けを取る必要を感じた。場合によっては他の専門家に打診することも必要である。これまで単野社長は正井事務所への費用の支払いが渋くその上遅かった。専門家に支払う費用は安いほど良いとの考えである。今後も支払いを渋るならこの仕事は受けられないと思った。