Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第7話 サスペンデッドセンテンス その10

流れが変わった

 執行猶予(サスペンデッドセンテンス)の期間は過ぎ去り、表面をつくろって上辺の好調の底に淀んで溜まった大きなマグマが目の前に現れ始めた。この国の前例踏襲・事なかれ主義のため革命的な改革ができない病状が進んで取り返しがつかない段階に入ってきた。

  インフレによって物価は倍にもなり、またたく間に預金は減ってゆく。泰彦は貿易業務の必要上、円預金口座より外貨預金口座に資金をプールしていた。更に国内外の取引先の株式も付き合いのため購入していたから円建てのたくわえが目減りしてゆく流れに巻き込まれることなく資産の実質価値を維持することができた。 

 国内取引だけのビジネスでは円の下落により窮迫してゆく上に、見栄から体面を気にする人々は「逃げる」ことができず行き詰まることになった。

 手っ取り早く成果を上げたい、良い結果を早く手にしたい、との傾向が加工食品でファストフードを手間をかけずに調理するのと同じように、内容に乏しいモノや仕組みが溢れてきた。

 街にはどこから手にいれたか筋のワカラナイお金を持った「浮かれた人たち」が行き交う。タイパ、コスパという舌ったらずの外国語が加速度的に使われるようになった。

 その流れの底では確実に貧富の差、持つ者と持たざる者の差が大きく拡大し分断が止めようもなく進んで行く。

来るべきものが来た

 「もうやってられん。」泰彦はパリに新しく設けたオフィスのベランダから通りを見ながらつぶやいた。日本の業者へ出した照会状への返事があまりにも遅くビジネスが進まない状態が起こっていた。「鈍くさいヮ」下品なもの言いはしない泰彦であるがテンポの遅い母国の実態を表すような返事の遅さについ本音が出てしまう。

 泰彦は自分の肌感覚で感じていたとおりに世相が変ってきたことに驚きはなかった。輸入だけでビジネスを始めたが輸出ビジネスにも為替と消費税制の追い風が吹くことを学んでから両方をハンドリングできるようになっていた。

 金利高が原因で同業はもちろん、他業種の中小零細企業は古く歴史のある老舗から行き詰まって倒産したり廃業してゆく。危機に気づくのが遅かったのか、不勉強なのか撤退の遅れが大方の原因であった。老舗ゆえの体面もあっただろう。

 その流れに引換え、新しく起業した仲間のうち少数派は資金運用に打つ手を間違いなく打ったため勢いがついてきた。泰彦もそのグループに入っている。それ以外の多くは3年以内に行きずまって廃業した。資金の蓄積ができていなかったのと銀行借入に安易に依存したのが原因であった。国の財政と似て負債に押しつぶされた挙句の崩壊であった。

  借金財政のもと短期金利の上昇が続く中、円安と円高の波が交互に繰り返される狭間で泰彦はビジネスの重心を輸入と輸出に巧みに切り替え、片方に偏らないことで利益の確保を続けてきた。中小企業に手厚い政策は名ばかりで実際はそうではないのを知っていた彼は、国の言うことの逆を行くことが正解であると肝に銘じていたので不景気に影響されないで自分のビジネスを守ることができたと思っている。

 その間に、この国の、いつまでも同じ場所に居つづけ、脱皮できない、切り返しをしない、湿り気の多い粘着質の風土自体が彼の気質に合わなくなってきたと感じる日々が多くなってきた。

 パリにオフィスを構えたが近々住まいもフランスに移すことを考えている。外から祖国を見ると彼が感じる坂の下へ沈んでゆくのとは、また違った面が見えるかもしれないと思った。

 次回予告
 次回は最終回です。