Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第7話 サスペンデッドセンテンス その9

終わりの始まり

 過剰投資が続くばかりの巨大AI企業の実態が知られるとAI関連株の下落が米国株式市場で始まった。日本以上の赤字財政のドルを売ってゴールドに替える流れが呼応して明らかになって来た。そこへ利下げが行われ、ドルの通貨価値が下がるとともに円高の傾向も見え隠れしてきた。

 暫くしてから日本の財政赤字が原因で長期金利が急に上昇しだした。国債追加発行で政府が資金調達することも困難な事情が明かになって以降、日本の株式市場から資金が逃げ出し、株式は右肩下がりに値下がりしていった。暴落ではないことが却って反騰が期待できない不気味な気配を醸し出した。長期金利の上昇につれて短期金利の利上げが断行され借入金を抱えた企業はたちまち月々の資金にも困ることになり世相は一気に貧乏国の実態を反映するようになってきた。

 街ではひき逃げや飲酒運転での衝突事故、殺人事件が日に何件も発生し道を歩くにも油断できないほど治安が悪くなっていた。盗み、脱税、粉飾、恐喝、汚職が日常的に起こり、日本社会の劣化が証明されている。人間悪にヌルく、事なかれ主義のツケが出てきて、まじめに働くことが馬鹿らしい、との世相になっていた。人口減少が止まらず先々の不安が世の中に広がっていた。道行く人々は背を丸め下を向くか、カラ元気で反り返って阿呆のように口をだらしなく空けて上を向くかであった。

 こんなある日、突然、以前の勤務先で課長であった高木が泰彦の会社を訪ねてきた。輸出の販路を切り拓くのに超多忙な泰彦であったが旧勤務先でお世話になった上司でもあり、どこか反りが合うので泰彦は時間を作ってゆったりとした雰囲気を自ら出しながら応対した。

「景気良さそうだね、、」「いいえ、まだなかなかです。日々苦闘しています。」と高木に返した泰彦は、高木から出る気配が依然と違っていることに気づいた。眼に落ち着きがないうえ視線を合わそうとしない。指先が少し震えている。緊張していることが見て取れた。

 切迫した様子でありながらお天気会話しかしない高木に内心イラっとしたが、ここは辛抱、、と自分に言い聞かせ流れにまかせた。やっと高木は本題を口にした。

 「キミところで俺を雇ってくれないだろうか、どんなことでもする、お願いします。」と言って彼は深々と頭を下げるのだった。聞けば泰彦も務めていたあの会社は資金で行きずまった挙句、どうにか採算が取れていた部門を事業譲渡で売却し、抜け殻のようになった会社は従業員のほとんどを解雇の上、清算されたそうである。それから高木は人材紹介会社に登録して再就職先を当たったが条件を持ち出す以前に仕事がないのが実態であった。紹介会社の登録料だけ持ち逃げされた気分であった。紹介会社のマネージャーは、高木を罠にかかった獲物を見るような目で、口もとに歪んだ薄笑いを浮かべてごみを捨てるように高木に領収書を渡した。
 ハローワークにも行ってみた。しかしそこには大勢の同年代の求職者が群れており仕事らしい仕事はなかった。

 雇用保険の給付も終わりが近づくにつれ妻の態度は荒々しくなり、もの言いもオトコのように変わってきた。その変わり方は激しく声までオトコの声に変った。そこにいるのは中性化した人間であった。原因はおカネの欠乏である。カネが無いとオンナの本性が出る、とその昔、先輩から教えられたことを思い出した。高木は、この世での自分の居場所がないことが分かった。

 「立派なご子息がお二人もおられるではないですか。司法書士をされておられるかたと電気関係の技術者でしたね。お父さんの相談相手になってくれるのではないですか、と泰彦は言ってみた。

 「どちらも結婚しているのでね、、、」と高木は口ごもる。「それで、、」と泰彦が話を繋ぐと。
 「長男のヨメはよくできた人だ。私が行くと下へも置かないもてなしだが30分もしたらいたたまれなくなってくる。気持ちが休まらない。次男の方の嫁さんは逆だ!露骨に嫌な顔をする。高級菓子を手土産に持って行ったときは少し顔が喜ぶが眼は冷たい。行ったら直ぐ帰りたい気になる。ヨメの友達たちから義父義母から贈与をしてもらったのにオレからは何もしていないことを根に持ってるようだ!

 泰彦は税理士から<教育資金の子への贈与1500万円非課税><結婚・子育て資金の子への贈与1千万円非課税><子への住宅取得資金贈与1千万円非課税>があることを聞いたのを思い出した。税理士は「こんな制度は子供を足腰立たない根性なしにする税制です」と苦々しく言ったことも思い出した。このうち教育資金贈与非課税の方は格差が広がる害があるため令和8年税制大綱で廃止されるとも聞いた。当たり前だろう。高校へも行きたくても行けない子ォもいるのに、、と思った。

 泰彦は素知らぬふりで「そうなんですか」と応じたが高木の話を聞いて、収入がなくなるとこの世に居場所がなくなることは他人事ではないと思った。

 しかし高木を雇用することは収支の変動が激しいスタートアップ段階ではできないことであった。泰彦は「考えておきます。」とだけ言った。いつ頃にお返事いただけますか、と高木は聞いてきた。1週間後にさせていただきます、と言って高木との話は終わった。もちろん1週間先でもNOの答えは変わらない。それを察したかのように悄然として彼は去った。