Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その11(最終回)

動き始めた2国間業務

 日本で採用した二人の女性は優秀であった。PCの使用に慣れているうえ勝矢が定型化したAIエージェントを組み込んだ作業も、最初は戸惑ったもののZoomでの勝矢の遠隔指導でその内容を理解し、憲治がパリから送る出版原稿を整えてくれる。

 実行して気がついたのは時差を有効に使える点であった。憲治がパリで夕刻にデータを送信すれば日本には夜中に到着している。朝、日本オフイスに出勤したスタッフは待ってましたとばかりにパリから来たデータを加工し始める。夕刻にできあがった成果物をパリに送信すれば同じ日の午前中に憲治の眼に触れることができる。憲治が仕事を終え眠っている間に地球の裏側で仕事が進められ、彼が翌朝オフイスでPCを開いたら前日依頼した工程が出来上がっている。昼夜に関係なく1日を二倍に使える。このことが仕事に加速度を付けた。

 資金の循環は入金が先行するサイクルが定着しているので以前のようにキャッシュ残高を気にする必要もなくなった。次郎のフランスでの税務申告も含めて日本の税理士が手当てをしてくれる。身の回りの景色が、急に冬の曇天から初夏の青空になったように感じた。

憲治の行動

 彼は更に違った景色を見たくなった。絞り込んだ「犬や猫の動物絵本」の企画を大きく展開する時期が来たことを知った。「どれだけ大きな絵を描けるか、」自分で自分に問いかけることが課題になった。現状への対応で手いっぱいであったこれまでは、次が見えなかったのである。

 絵本作家希望者とのネットワーク作りから始まってセンスのある作家の母集団を身近に持たないと先行き制作資源に枯渇するのはハッキリしている。そのようなことだけでなく、もっと奥深いところが見たかった。

 勝矢や次郎の存在も意識に入ってくる。彼らと切磋琢磨するためにも、ここで気分を入れ替えるために憲治はイタリアへの小旅行をした。

 イタリアから帰ってから憲治は自分の奥からの声に幾つかの根源があることに気づいた。ラテンの国々の明るさとクールさ、その正反対から呼ぶ声があった。母国からの声である。古い歴史、革命を経ないで継続する長大な流れ、賢い市井の人々、そんな人々の中に居て感じる落ち着きと安心。ラテンの国のようなスリや置き引きの心配も全くない。このたびの採用で知った安心して仕事を任せられる正直な人々。特に若い世代は個人差があるものの機敏で賢明である。

 今後は日本オフイスも外国法人として日本の税務署への法人税申告をはじめ、国内源泉所得に対する源泉徴収など課税関係が生まれる。この面でもビジネス上のかかわりは深くなる。

 憲治は母国の優れた点を見直して積極的に取り入れようと決めた。日本に見切りをつけて出国し、戻ってくる心境は、彼の主体の置き所を問うていた。折に触れ曲がり角でつぶやいた寺山修司の衝撃の短歌を口にした。

 「マッチ擦る つかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや」

              完