Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その10

日本オフイス採用面接
 入れ物ができたから、すぐ始動するために早速幾つかの媒体で求人した。
パリ本社というのが効いたのかフランス語不要です、が良かったのか、若干名募集の条件にもかかわらず、すぐ応募者が集まった。丸二日に亘って憲治は嬉しい気持ちで面接をした、が、結果は疲労感と絶望しか残らなかった。

 日本語が通じない。会話の例である。
憲治「それは、あなたの認識ですか?」
応募者1「アタシ妊娠していません、、」→憲治「、、?」

憲治「あなたが選択されたのですか?」
応募者2「ぼく洗濯機使えます。」→憲治「、、??」

憲治「今の話、ご理解されましたでしょうか?」
応募者3「わたし理科は苦手です。」→憲治「、、」絶句

 4人目の応募者は長いツケ睫毛をして、むっちりとした太ももを見せてモンロー歩きで入室してきた。流し目で憲治を見ながら鼻にかかった声で自分の名を言う。そのあと不自然に胸を張る。憲治がPC使えますか、と聞くとハ~イと作り笑いをする。「ではこのPCを今立ち上げて、私の話す短文をwordに打ち込んでください。」応募者は虚を衝かれ、ポカンと口を開ける。憲治は鋭く観察する。回転椅子を90度左に振ったサイドデスクのPCに向きを変えさせる。正面から見えない90度横からの横顏は横暴で粗野な本性を感じさせ、見る気はなくても視野に入る側面から見える下腹部はボデースーツで締付けていても充実した脂肪で盛上っている。

 その応募者はwordこそ立ち上げたがタイピングは片手でキーボードを拾いながらで異常に遅い。日常的にPCを使用している気配はなかった。憲治は「そこまでで結構です。次にexcelでこの数字の合計をSUM関数を使って集計してください。」と問うた。
 「私エクセルできません、、、スミマセン帰らせてください、、」と言って部屋から出て行った。部屋にはそれまでの空気を上書きしてしまうようなゲランの重たい臭いが残った。パリが本社だから、おばあさんの香水を借りてきたのか、古臭い臭いであった。その応募者が部屋から出たあと、待合室に待機していた他の応募者との話し声が洩れてくる。「ココの面接官メチャ ムズイ奴やで」憲治にはメチャの意味は分かったが「ムズイ」とは何のことか分からなかった。

 窓から覗けばその応募者は階段途中でタバコをくわえて手慣れた手つきでライターで火をつけ、踊り場に腰掛てスマホで通話し始めた。暫くして電話相手との「ぎゃはははㇵ」とケダモノのような笑い声が聞こえた。

 このようにして2日が虚しく過ぎた。該当者無しであった。求人の方法を改めた。書類選考を前に設けた。駅裏の古ビルにもかかわらず、相変わらず、そこそこの数の履歴書が送られてきた。

 憲治は学歴の「高校」に注目する。大学は気にしない。親の経済力や境遇次第であり、コネ入学、一芸入学など入口が多すぎて人物や能力を判別しにくい。そもそも日本は定員に満たない大学の方が多い。高校も学校による差が大きいし、中学卒でも高卒認定試験(旧大検)を経ていればその時期をどのようにして過ごしたのかが見えると考えている。憲治はその昔、夜間の講習所に通っていた時、或る3流女子大学生と短期間付き合ったことがある。「私と憲治さんは身分が違うのョ」とバカ丸出しの時代遅れの嫌味を言ってその女は去って行った。そんなことなどから大学の程度が測れないため、上辺のレッテルには無関心になった。

 書類選考を経た応募者は皆優秀であった。特に女性は際立っていた。現職場のプレッシャー、旧態依然の縦社会、同族経営の中での疎外感、外資の使い捨て体質、これらが彼女らの永い勤務の障害になっていた。その境遇は憲治自身、いや弟の次郎や勝矢も日本を捨てた原因とも重なる。どうしようもない日本の壁であった。結果、3人に採用通知を出した。3人とも女性であった。一人は辞退してきた。2人が残った。勝矢の指導にもついて行けそうであった。

父の相続税のてん末

 母と次郎を交えた話合いで下のように決まっていた。
母:金融資産と自宅土地と建物
憲治:自宅隣地の雑種地
次郎:取得する財産無し

 しかし税理士の試算の過程で納税額が殆ど生じないことが分かった。そこで隣地を物納する必要もなくなったため、この際すべての遺産を母が相続によって取得することに次郎とも連絡を取ったうえで変更した。更に未払いの入院費などの債務を控除したら母の相続による課税価格は1億6000万円を下回った。この結果、納付する相続税はゼロになった。(相続税法19条の2:配偶者に対する相続税額の軽減)

 憲治は大きな荷物を下ろしたような気分であった。しかし税理士から次の3点の注意を受けた。税理士は言う。
「あのですね、すべての財産はお母さんに承継されました。ですから、こんどお母さんの相続(二次相続といいます)の時は今回の様な「配偶者に対する相続税額軽減」規定は使えません。そのうえインフレに伴い路線価は今後上昇すると考えられます。ですから二次相続では相続税額ゼロというわけにはゆきません。相続税額ゼロの結果になりましたが税務署への相続税申告書の提出が必要です。」

 憲治には税額ゼロなのに申告書を作成して税務署へ提出する意味が良く分からなかった。

 税理士は続ける「今回はこの配偶者の税額軽減規定を適用しておられます。この軽減規定の意味は、相続財産の形成への配偶者の貢献を認めての軽減措置です。このためには遺産分割でお母さんに遺産が継承されたことを示す遺産分割協議書などを付けて申告することを条件として軽減規定の使用が認められています。」

「もう一つ申告書の提出が要件になっている規定があります。お住いの宅地につき330平米までは80%が評価を減額することができる規定(租税特別措置法69の4)を使いました。この規定は申告期限までに申告書にその旨を記載し明細書などを付けて申告しなければ80%減額は適用されません。」

 憲治は危うい所であったと気付いた。このまま申告しないで渡仏していたら相当の税額を日本政府に納めなければならないところであった。

 最後にフランスでの納税は不要になるらしいが申告手続きの洩れがないように税理士の海外ネットワークでこのことを処理してもらう依頼をして税理士事務所を後にした。気分は軽かった。