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木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その6

母国の相続税

 憲治は、さっそく母に電話した。すぐ電話に出た母の声は落ち着いていたので少し安心した。

 母は息子二人が遠い国に行ってしまって、寂しい日々を病気がちの夫の看病をしながらの日々を過ごしていた。医師の見立てでは病気が進んで、父が精密検査を嫌がるのを説得して調べてもらった結果、腎臓が機能しない状態になっているとのことであった。

 父の所有する財産の大きなものは住宅の土地と家屋、その隣地の雑種地であった。雑種地は二人の息子が傍に住んでくれるようにとの思いから、思い切って購入したのであるが、結果的には二人の息子はフランスに行き、相続税の負担の原因になってしまう結果になった。

 税理士が言うには、最近の地価上昇で路線価が大きく値上がりしていること、住宅地は宅地の特例措置を適用できるが、隣地は上に建物があるのではないので更地評価になり、これが原因で、そう多くはない金融資産を加えると相続税の基礎控除額を超えることになるとの判断であった。

 母が一番心配する点は相続税の納税資金であった。所有する預金だけでは相続税を支払うことは多分できない、それゆえ納税資金を金融機関から借入するか、早急に雑種地を換金するしか思いつかない。雑種地の換金を急げば不動産取引業者に足元を見られかねない。どうするのが良いか?という話であった。

相続税についての次郎の考え

 「オレはフランスに来て10年を越えた。日本の相続税がかかるとは思っていなかったョ。父から財産を相続したいとも思わない。できたら放棄したい。日本に税金を払う気持ちもない。おれは自分のチカラだけで生きてゆく。親の資産をあてにしたくない。これがすべてだ。悪いけれどアニキ、よろしくお願いします。」

 憲治は、父がフランスに自己の資産を持っているのではないからフランスの課税権が日本の財産に及ぶことはないと考えていたが、自分なりに調べてみたらそのようであった。しかし日本の相続税法のことは全く分からない。その後、母に税理士のメールアドレスを聞いて相談のメールを送った。

 時差があるから返事が来るまでは二日くらい必要だろうと思っていたが、予想より早く税理士から返信が来た。憲治も次郎も相続税法での「非居住無制限納税義務者」に該当するので死亡後、10か月以内に父の住所地を管轄する税務署に相続税申告書を母、憲治、次郎の3名共同で申告書を提出しなければならない、とのことであった。

 相続放棄の者はどうなりますかと聞けば、相続後3ケ月以内に家庭裁判所で相続放棄の手続きをするようにとのことであった。

 次郎にそのことを話したら、「そのことで日本に行く気も費用もない。なんとか他の方法で相続税の納税がゼロになる道はないのか」と聞いてくる。その上、自分は今は日本国籍であるが、近い将来、フランスの国籍を取りたい。フランスに5年以上居住しているから、あとは経済的安定を獲得すること、フランス語の能力を磨くことのうえ、フランス社会への同化に関して市民試験(examen civique)をパスすればゴールだ、と話の力点が日本国籍離脱に向かう。

 憲治は自己の事業の改革の課題に加えて自己と母親、それに弟の相続税への対処に当たらなければならなくなった。パリでは、誰に相談できるものでもなくセーヌ川やサンマルタン運河の畔を歩いても気が晴れない。気分を変えるためにストラスブールに行こうと決めた。勝矢と話せば何か糸口が見えるかもしれないと思った。