冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その5
兄と弟、、、母からの手紙
次郎は憲治の弟である。兄と違って独特の気風があった。子供の時から血気盛んで戦国時代の大河ドラマや映画に夢中で、オレもこんな時代にいたら槍や刀持って戦場に行きたい、などと言って母親を心配させた。
彼らの祖父や曽祖父は富山県の網元であったが、さらにその前の時代は能登の下級武士で、明治の廃藩置県で失業し、倶利伽羅峠を越えて富山に移った。曾祖父から峠を越える時に足にまめができて難渋した話をかすかに覚えている。曽祖父方の祖母は能登の笠間家から嫁入りしてきた。笠間家は戦国時代には守護の富樫氏と対立する勢力であり、文化文政以降の古い戸籍を見ると笠間弥一郎や笠間源三郎など剣豪のような名が連なる。
その血が次郎にも流れているのか、とにかく現場が大好き、それも過酷な寒風吹きすさぶような環境を求めていた。学校を出たらどこで聞いたのか「オレはヤン衆になる!そこでヒト財産作つてニシン御殿建てたる!」と言ってニシン漁の時期に北海道に行ってしまった。
*ヤン衆:ニシン漁の季節労働者
数年後、ニシン御殿はできなかったが、まとまった資金はできたらしい。「ヌルヌルする魚より硬い金属を扱いたい」としばらく近所の鉄工所に勤めていたが「日本イヤや、フランスだァ、もっと金属の技術を磨く!」と言い残して資金と共に渡仏してしまった。今はシズラー(彫金師)の工房で朝7時に一番に工房に入り充分に準備して8時から仕事を始める日々であるらしい。師匠の覚えも良いそうである。
次郎の存在が憲治をパリに呼び寄せたようなものである。パリで何回も会って話すうちに政治と経済の動きに関して彼が深い知識を持っていることに驚いた。昔から目の付け所と集中力には非凡なものがあったが異国で生きるには安閑とはしておられなかったこと彼を成長させたと憲治には見えた。
その次郎が「アニキ、日本ヤバいぜ。オレにはこう見える。借金まみれで赤字ばかりの家のくせに見栄は一人前で高級車を乗りまわしたり、贅沢な旅行ばかりして、近所には豪勢なお土産をおすそ分け。社交クラブの役員になりたがる。しかし家の中では借金のことで夫婦喧嘩!表の通りにまで声が聞こえる。そんな家の言うこと誰も信用しないぜ。国も長年放って置いた財政赤字があるのに積極財政とかで歳出が膨れるばかりのうえ補助金ばら撒きは続く。そこへ利上げだ。利払いが足引っ張って動き取れんようになる。円安、金利高、物価高のもと、ローン多い家庭と同じように債務がのしかかる。そんな国は外国から足もと見られて信用なくしてゆく。現に土地も上場会社も外資に買われまくりだ。株の半分以上をガイジンに握られて、利益配当は外国に持って行かれている。」次郎は続ける「日本では人の目を気にするばかり。自分の人生を生きていない。フン、そんなもの気にしないで思うがままに生きてやる。フランスはそんなところだ。お互いが認め合っている。」「俺が思うには、フランスは、さすが大革命を経ただけのことはある。根底からひっくり返すことで新しい国柄が生まれたと思うよ。」
憲治は次郎の話を聞きながら、もう彼は母国には帰って来ないだろう、「母国」というものも彼の中では既にないのかもしれないと感じた。
しかし自分は弟とは違う。母国は自分の拠り所だ。そのように生きるためにも強い経済力が欲しい。自分は弟のように一攫千金を狙う気性ではないことは分かっている。それでも利益を獲得できる道は、タイプが違う次郎や勝矢との対話で見えてきた。そうだ努力・希望・忍耐はアタリマエニ皆がしている。それだけでは鋭くない、突破できない。日常に流されてしまう。こう考えていって自分には「革命的な」自己否定と改革がないことに気がついた。以下の方策に切り換えようと思った。
・契約時に前金を取る
・サブスクリプション契約に移行したら入金を自動化する。現金払いの例外は 認めない。売掛金は原則生じない仕組みを作る。
・自動払いはすべて解約し、銀行で支払時期最終日に払う。キャッシュの入金 は自動化し、出金は自分サイドがコントロールする。
・上記を理解してもらえない顧客の仕事は受けない。
・利益率を超UPする。
・そのためには、それでも書籍の刊行を依頼してくれる魅力を際立たせること だ、それは何か?
そこまで考えた時、日本から母発信の封書が届いた。すぐ開封した。
そこには父が重病で医師の見立てではもう手遅れである、と。知り合いの税理士からはフランスの息子さんたちには早めに知らせた方が良い、と。相続税の準備が必要である、と書かれていた。
憲治は自己の「改革」の究極が見えないまま、新たな問題に対処しなければならないことになった。